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『偽札百科』(村岡伸久) [読書(教養)]

 表紙に「古今東西・紙幣のセキュリティを徹底解析」とある通り、紙幣の偽造防止技術から自販機などに使われている紙幣識別機の解析まで、偽札を作るための基礎知識を教えてくれる一冊。単行本(国書刊行会)の出版は2010年9月。

 全体は六つの章に分かれています。まず「第一章 偽札について 法律・歴史・作り方」では、偽札に関わる基礎知識として、その歴史や違法性、印刷技術の基本などを教えてくれます。17世紀初めに作られた日本最古の紙幣にすでに偽札が出回っていたというのは驚き。紙幣発行者と偽札作りの「いたちごっこ」の長い長い歴史を感じさせてくれます。

 「第二章 紙幣とは 紙幣の特徴を知る」では、世界各国の紙幣の紹介からはじまり、紙幣を作る手順、そして偽造防止技術を順番に解説してゆきます。

 「凹版印刷」、「識別マーク」、「すかし」、「ホログラム」、くらいは知っていましたが、さらに「すきいれバーパターン」、「彩紋模様」、「潜像模様」、「マイクロ文字」、「隠し文字」、「(再現困難な)色合い」、「ユーリオン」、「特殊インク印」、「パールインク」、「光学的変化インク」、「赤外線反応」、「磁気反応」といった具合に、驚くほど多種多様な偽造防止技術が用いられていることが分かります。これが「いたちごっこ」の現時点における到達点というわけですね。

 紙幣の部分拡大写真も多数掲載されており、肉眼では判別できないマークや印や隠し文字、赤外線を当てると浮かび上がってくるパターン、などがぎっしり詰まっている様子を見せてくれます。

 「第三章 紙幣識別機の構造」では、自動販売機などに使われている紙幣識別機を取り上げて、それが「正しい紙幣」をチェックする原理を探ってゆきます。逆に言えば、このメカニズムの弱点を突くことで、偽札のマネーロンダリング(例えば一万円札の偽札を投入して少額商品を購入し、お釣りとして帰ってきた本物の千円札を九枚獲得する)が可能になるわけです。

 「第四章 本物と偽札の比較」では、偽札作りの第一歩として、まずはカラー複写機やカラープリンタを用いた簡易偽札を作ってみて、それと本物を詳細に比較してみる、という探求が始まります。偽札作りとは、この差異を一つ一つ「解決」してゆく気の遠くなりそうな作業であることが明らかになります。

 「第五章 安全神話の崩壊」では、いよいよ紙幣識別機の本格的な解析を行います。まず「識別機の購入」から始まり、「動作確認」、「構造観察」、「センサ配置の記録」、「動作観察」、「分解」、「オシロスコープやデータロガーを用いたセンサ信号のピックアップ」、「ピックアップ波形の解析」、「波形模倣方法の探索」という具合に、具体的に進めてゆきます。

 この部分は本書のクライマックスでしょう。紙幣識別機のカバーを外して電子回路をむき出しにして、センサの配線をチェックする。センサと電子回路の間にプローブを装着して、様々なテスト用偽札を何度も通してデータを集めてゆく。仮説を立てて一つ一つ検証してゆく様は、ハードウェア・ハッキングそのもの。電話交換機をハックして長距離通話の「ただがけ」に挑戦していた黎明期ハッカーたちの姿が目に浮かぶような気がします。ここまでは何も違法なことはしてないのに、どきどきします。

 「第六章 紙幣の問題点」では、紙幣偽造防止と偽札に関わる社会的な問題点について解説してゆきます。著者は技術屋なので、やはり紙幣判別機のセキュリティの弱さについては危機感を持っているようです。さらに、こういう問題が「タブー」扱いされ、議論されない現状を批判しています。

 もちろん本書を読んでも(当然ながら)偽札を作ることは出来ません。むしろ偽札作りがどれほど困難であるか思い知るはめになりますので、「実用書」だと期待して読むとがっかりするでしょう。

 ですが、普段何気なく使っているくしゃくしゃの紙幣がどれほどのハイテク製品であるか、自動販売機のセキュリティがどの程度のものか、など興味深い知識を得ることが出来る上、二千円札にまつわる騒動など豆知識的な情報も面白く、また個人的には紙幣識別機の具体的な解析プロセスにむやみと興奮したりして、最初から最後まで楽しめました。


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