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『いちばんここに似合う人』(ミランダ・ジュライ 岸本佐知子訳) [読書(小説・詩)]

 『変愛小説集2』(岸本佐知子編訳)に収録された『妹』で読者に多大なるインパクトを与えた米国の作家ミランダ・ジュライ。そのデビュー短篇集を岸本佐知子さんが翻訳してくれました。単行本(新潮社)の出版は2010年8月です。

 知人から妹を紹介してやると言われてから、なぜか会うことの出来ないその「妹」に対する萌え萌え妄想が止まらなくなった老人の姿を描いた『妹』という短篇は、くせもの揃いのアンソロジー『変愛小説集2』収録作の中でもひときわ異彩を放っていました。

 これはユーモア小説なのか、サイコホラーなのか、それとも現代人の孤独と寂しさを切実にえぐる文学なのか。どれでもあり、またどれでもないような、どうにもとらえどころのない、それなのに忘れがたい印象だけは残る、そんな不思議な作品。いったい、この作者は他にどんな作品を書いているのか。興味を持った読者は私だけではないでしょう。

 その作者、ミランダ・ジュライのデビュー短篇集が、他ならぬ岸本佐知子さんによって翻訳されました。素晴らしい。それが本書『いちばんここに似合う人』です。『妹』を含む16篇の作品が収録されています。

 湖も川もない町で、老人たちに水泳を教える(室内で洗面器に顔をつけてひたすら手足をばたばたさせる)ことだけが生きがいとなる女性(『水泳チーム』)。英国皇太子にナンパされるという妄想に執着してひたすら計画を夢想する女性(『マジェスティ』)。留守番電話に「今までのことは全て君に対するテストだったんだ。合格おめでとう。君の本当の人生は素晴らしいものなんだ」というメッセージを友人知人たちが残してくれることを妄想しまくる(『その人』)。

 孤独のあまり自宅から27歩までしか離れられない女性が、幼い男の子を自室に連れ込んでしまう(『ラム・キエンの男の子』)。女性秘書が上司の妻に恋をしてしまう(『十の本当のこと』)。エキストラとして映画撮影に参加した倦怠期の夫婦が、撮影中だけときめく恋愛を取り戻すが、カットという声がかかる度にそれは消え失せてしまう(『モン・プレジール』)。

 いずれも孤独がテーマとなっていて、寂しさのあまり突拍子もない妄想にとらわれたり、奇矯な行動に出る女性を描いた話になっています。何をどうじたばたしても孤独は解消されず、他人とつながることも出来ない、という作品がほとんど。意外に読後感は暗くなく、ほのかなユーモアとちょっとした悲しみが残ります。

 都会の孤独をテーマとすることが多い英米の現代小説のなかでは、さほど凄みや深みのある作品とは言えないかも知れませんが、読者の心の隙間にするりと滑り込んでくるというか、「あ、これは私のこと」と思わせる手口は大したものです。短篇集全体に付けられたタイトル(同名短篇はありません)を直訳すると「あなたこそ誰よりもここにふさわしい」となるのを見ても分かる通り、読者自身が抱えている孤独感や寂寥感に訴える作風には相当の自信があるようです。

 前述のような妄想系の小説とは別に、比較的オーソドックスな恋愛小説(もちろん失意に終わる話ばかり、そして相手は同性や未成年者ばかりですが)もいくつか含まれており、個人的には『何も必要としない何か』、『2003年のメイク・ラブ』、『子供にお話を聞かせる方法』あたりがお気に入り。

 というわけで、読者が密かに抱えている孤独感につけ込んで「あなたの気持ち、よく分かるわ。だって私も同じだもの」などと慰めてくれ、はっと気づいたときにはお金がなくなっている(本の購入代金)という感じの作品集ですが、損をしたという気にはなりません。『変愛小説集』がお気に入りの方なら、きっと波長があうことでしょう。

[収録作]

『共同パティオ』
『水泳チーム』
『マジェスティ』
『階段の男』
『妹』
『その人』
『ロマンスだった』
『何も必要としない何か』
『わたしはドアにキスをする』
『ラム・キエンの男の子』
『2003年のメイク・ラブ』
『十の本当のこと』
『動き』
『モン・プレジール』
『あざ』
『子供にお話を聞かせる方法』


タグ:岸本佐知子
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