SSブログ

『動く! 深海生物図鑑』(北村 雄一、ビバマンボ、三宅 裕志/佐藤孝子(監修)) [読書(サイエンス)]

 様々な深海生物とその生態系に関する最新の知見を学ぶための一冊。ブルーバックス図解シリーズ(講談社)の出版は2010年8月です。

 帯に書いてある「歩いてる! 泳いでる!」というアオリが妙なノリで思わず笑っちゃうのですが、中身は非常に真面目で学術的な深海生物学入門となっています。ミニDVD-ROM(Windows用)が付録としてついていて、これをパソコンにかけると、深海生物が歩いてる姿、泳いでる姿を動画で見られるというわけ。

 まず付属DVDの内容ですが、ありがちな「奇妙な姿をした深海生物の映像を次々と環境ビデオ風に流し続ける」という映像ではありません。

 まず海域を選択します。するとその海域の海底地形が表示され、その地表や海中にアイコンが立体的に散らばっているというCG画面になります。その中を自由に移動して回り、興味があるアイコンをクリックすると、実際にその場所で撮影された深海生物の、記録映像と解説が表示される、という仕組み。

 アイデアは悪くないのですが、実際には画面の動きが早すぎることもあって操作がけっこう面倒。見て回っている途中で飽きてきます。単に動画を見せるだけでなく、どこで撮影された映像なのかを直観的に示そうという意図は良いと思うのですが、こういう「仮想現実風」ユーザインタフェースは個人的にあまり好きでないこともあって、さほど感心しませんでした。

 他に「系統樹画面」では深海生物の生物学的な分類体系が表示され、「トピック」では深海における生態系について分かっていることを教えてくれます。「探査ツール」では海洋研究開発機構JAMSTECが所有する八隻の深海探査艇についての解説を見ることが出来ます。実は、意外にも最後のコンテンツがメカ好き(特に潜水艇好き)の心をがっちりつかむので、そういう方にお勧めです。

 さて本文ですが、DVDにも収録されている各生物についての解説が「第2章 深海生物図鑑」として掲載されています。「海綿動物門」から「脊索動物門」まで八つの門(生物界の大分類)ごとに全部で70種ほど。それぞれの生物について、通名、学名、キャッチコピー(笑)、生物学上の分類(門綱目科)、分布(海域と水深)、サイズ、そして解説と写真が、コンパクトに各1ページにまとめられています。

 さらに「第1章 深海世界の基礎知識」として、深海生物学を理解するための基本がまとめられています。地下から吹き出す硫黄などをエネルギー源とする化学合成生物群集、硫黄酸化細菌やメタン酸化細菌との共生、熱水噴出孔生物群集、鯨骨生物群集など、生態系を理解する上で重要なトピックに的を絞って解説してくれます。

 この解説を読んで初めて分かったことも多くて。

 例えば、ハオリムシは呼吸のために酸素が必要なので、血中にはヘモグロビンが含まれている(だからハオリムシの身体を切ると真っ赤な血が出る)。そしてエネルギーは共生相手である硫黄酸化細菌からもらっている。ここまではどの解説書にも書いてあるのですが、ここで疑問が生じます。

 硫黄酸化細菌には硫化水素が必要です。ですが、硫化水素はヘモグロビンと強烈に結合して酸素運搬を疎外する性質があります(だから人間が硫化水素を吸うと一発で死ぬ)。ではハオリムシは硫化水素の中でどうやって「窒息」しないで生きてゆけるのか。

 本書の第1章によると、何とハオリムシのヘモグロビン分子は人間の50倍もの大きさがあって、硫化水素が結合しようが構わず一緒に酸素も運搬する「余裕」があるという仕掛けだそうで、うーん、深海生物の意外にちからまかせな一面を見た思いです。

 他にも、話題になったスケーリーフット(足が硫化鉄の鎧で覆われている巻貝)は酸素濃度が高くなると足の鎧が“錆びて”死んでしまう、ゲイコツマユイガイなど特定場所の特定鯨骨でしか発見されてない超ローカル固有種がある、など興味深い知識が得られます。

 というわけで、深海生物の奇妙な姿や生態を「奇妙な見せ物」「オモシロ豆知識」的に面白おかしく紹介する本は多いのですが、そこから一歩踏み込んで、生物学としてきちんと知りたい(でもあくまで興味本位で楽しみながら)、というニーズに応えてくれる良くできた入門書だと思います。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0