SSブログ

『まだ科学で解けない13の謎』(マイケル・ブルックス) [読書(サイエンス)]

 タイトルの通り、現代科学の様々な分野における悩ましいアノマリー(変則事象)とそれに取り組む研究者の姿を紹介し、これらの謎がパラダイムシフトを引き起こす見込みについて論じる一冊です。単行本(草思社)の出版は2010年5月。

 よく知られているように、科学は必ずしも漸進的に発展してゆくものではありません。少しずつ研究を積み重ねて行くうちに、奇妙な謎、説明不能な事象があちこちで見つかり、やがて手に負えなくなってゆく。もはや行き詰まったかと思われたときに、途方もない新しいアイデアが登場して、科学者たちの世界観をくつがえしてしまう。こうして謎の多くが解け、今度はその新しい世界観のもとでまた少しずつ研究を積み重ねてゆく。

 このような科学史観における「説明不能な事象」がアノマリーであり、それが引き起こす「世界観のくつがえし」がパラダイムシフトと呼ばれるものです。本書は、現代の科学においてこのパラダイムシフトの前兆であるかも知れない13のアノマリーを取り上げて、分かりやすく紹介してくれます。

 最初は物理学、天文学におけるアノマリーから。

 「第1章 暗黒物質・暗黒エネルギー」では、銀河の回転運動の観測から存在が予想される暗黒物質(ダークマター)、宇宙全体の膨張速度が加速していることを説明するための暗黒エネルギー(ダークエネルギー)といった未知の存在が紹介されます。

 「第2章 パイオニア変則事象」では、太陽系からはるか離れた宇宙空間を飛び続けているパイオニア探査機が、ニュートン力学から予想されるよりも、ごくわずかに、だが説明がつかないほど、遅くなっているという謎が紹介されます。何らかのエラーか測定ミスか、未知の力が働いているのか、それともニュートン力学を修正する必要があるのか。余談ですが、『神は沈黙せず』(山本弘)というSF小説でこの謎が取り上げられ、お見事に解決してのけたのが今でも強く印象に残っています。

 「第3章 物理定数の不定」では、クエーサーからやってくる120億年前の光、そして20億年前に自然に発生していた核反応(いわゆる「オクロの天然原子炉」)の分析から、昔は物理定数が今とはわずかに異なっていたのではないか、つまり物理定数は「定数」ではなく、億年単位の長い時間が経てば変化するのではないか、という驚くべき仮説について探ります。

 「第4章 常温核融合」は、本書の中でおそらくホメオパシーと並んで最もキワモノ扱いされているテーマでしょう。パラジウム電極を用いて重水を電気分解することで核融合反応が起きる、という報告をめぐる騒動を扱います。最初に発表した化学者へのインタビュー、さらに常温核融合が否定された後の気になる展開(核融合に伴う中性子が検出された実験など)を取り上げてくれます。

 ここから先は生物学の領域へ。この分野におけるアノマリーは、最近発見された未知の事象ではなく、むしろ「当たり前だと思われていた事象が、生命と進化に関する理解が進むにつれて、実は説明困難な変則事象であることが認識された」というものになっています。

 「第5章 生命とは何か?」では、合成生物学(人工生命の創造を目指す取り組み)を通じて、実は「生命の定義」が極めて難しいことを示します。

 「第6章 火星の生命探査実験」では、火星探査機バイキング二号の実験で火星の土壌中に生命反応が検出された件とそれをめぐる混乱を取り上げます。

 「第7章 “ワオ!”信号」では、「異星人からの交信」という以外に説明のつかない特徴を持つ謎の電波が受信された事件について解説すると共に、地球外知的生命探査(SETI計画)の意義について論じます。

 「第8章 巨大ウイルス」では、通常に比べて桁外れに巨大な遺伝情報を持つウイルスの発見が、ウイルスの生物学的位置づけを揺るがしている件についての解説。そういえば、ロバート・ソウヤーの作品に、ウイルスの正体は実は古代火星人の子孫だった、という馬鹿SFがあったなあ。

 「第9章 死」および「第9章 セックス」では、なぜ生物が死ぬのか、なぜ有性生殖がこれほど普及したのか、その根本的な原因(目的)が実はよく分からない、それが進化してきた理由が充分に説明できない、ということを教えてくれます。

 そして最後の三章は医学、生理学に関わるもの。

 「第11章 自由意志」では、人間の「自発的」な行動が、実は意識する(行動を決断する)よりも前に始まっていることを確認した実験、さらにはあらかじめ決められていた選択を「自分の意志で選んだ」と確信させる実験などを通して、我々は本当に自由意志なるものを持っているのか、それともそれは幻想に過ぎないのか、という深刻な問題を扱います。

 「第12章 プラシーボ効果」では、効くという思い込みだけで偽薬(プラシーボ)が効果を発揮すると言われるプラシーボ効果について。そのメカニズムがさっぱり分からないこと、さらにプラシーボ効果は存在しないという実験結果も出ていること、など意外な事実を教えてくれます。

 「第13章 ホメオパシー」では、(ホメオパシー療法の裏付けと言われている)水が接触した物質の「記憶」を何らかの形で保持することがある、という仮説について扱います。著者は割と肯定的、というか「完全に否定するのは早すぎるのではないか」という立場をとっているため、反発を感じる読者もいるかも知れません。

 この章で最も興味深いのは、レメディ(ホメオパシー療法で用いる水薬)製造会社の工房に著者が乗り込んでいって取材した箇所でしょう。レメディを制作するための「材料」のなかには、「嬰へ短調」、「ミステリー・サークル」、「カエルの卵」(いわゆる「魔女の秘薬」の材料とされる)、といったものが含まれていたのだそうです。“嬰へ短調”をどうやって水に溶かすのか、と著者に質問された責任者が白目を剥いてみせるシーンは爆笑もの。

 というわけで、どの章も非常に面白い。自分が報告したアノマリーを否定するために何十年も研究を続ける研究者の姿(ここまで来ると誠実とか責任感とかいった言葉では表せませんが)。アノマリーの解釈をめぐる研究者の激しい論争。もしかしたら巨大なパラダイムシフトが起こりつつあるかも知れないという予感。

 スキャンダル扱いされ追放された科学者、朝食のテーブルで異星人の信号を見つけた科学者、驚異的な根気でパイオニア探査機の初期のデータを紙テープから読み取り続けた科学者、前人未踏のジャングルや深海ではなく病院の冷却塔から未知のウイルスを発見した科学者、など興味深いドラマもいっぱい。

 ポピュラーサイエンス本のわくわく感と、オカルト本のどきどき感が、ほどよくブレンドされた興奮の一冊、といえば良いのでしょうか。教科書に書かれていることが科学なのではなく、アノマリーの解明に取り組んでいる現場こそが科学と呼ばれる営みなのだ、ということがしみじみと実感できる好著です。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0