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『事情のある国の切手ほど面白い』(内藤陽介) [読書(教養)]

 世界各国で発行されている切手を、その国の情報を生々しく伝える「メディア」ととらえ、そこに含まれた情報を読み解いてゆく一冊。新書(メディアファクトリー)の出版は2010年8月です。

 切手。指先に乗るような、こんな事務的な小紙片から、いったい何が読み取れるというのでしょうか。著者はこの疑問について「はじめに」で次のように答えてくれます。

「原則として切手は国家が発行するため、その国の時の政府が自己の正統性や政策、イデオロギーなどを表現することが多い。(中略)郵便料金の推移は物価の変遷と密接にリンクしている」

「切手を印刷物として見た場合、その品質から発行国の技術的・経済的水準を推測できる。また、郵便物の運ばれたルートや配達所有日数、検閲の有無からは、関連地域についての生々しい情報が読み取れる」

「切手や郵便物からは、想像以上に様々な情報が得られる。著者は、そうした情報を組み合わせて再構成し、国家や社会、時代や地域のあり方をとらえ直す作業を「郵便学」と名づけ、その成果を発表してきた」

 というわけで、この「郵便学」なる研究の具体的成果をいくつか紹介してくれるのが本書というわけです。

 全体は五つの章に分かれています。まずは「第1章 政情が不安定な国」。

 アフガニスタン暫定行政機構が2002年に発行した「タリバンにより破壊されたバーミヤン大仏跡」を描いた切手が登場します。「タリバンの「蛮行」を強調し、自らの正統性を表したい意図は明白だった」(p.22)

 しかし、アフガニスタンの切手から分かることは、政府の主張だけではありません。

 「バーミヤンの大仏は何度か切手になっている。その額に注目してみると、(中略)20年も経たないうちに実に2500倍にも跳ね上がっていることがわかる。社会の混乱によるハイパーインフレの進行とアフガニスタン国民の受難は、こういう形で切手に痕跡を留めているのだ」(p.23)

 こんな要領で、切手の背後に見えるお国事情を解説してゆくのです。

 国内を二分するフランス語圏とオランダ語圏の軋轢に苦しむベルギー政府が発行した「英語で書かれた」切手。国連ビルから地球に伸びる悪魔の手(指には米国、英国など具体的国名入り)を断ち切る「正義の剣」を描いたイラン政府発行の切手。うわっ、露骨ですね。

 「第2章 表と裏を使い分ける国」では、米国の核開発を批判する北朝鮮の切手(見よ、人民の指先一つで次々と落下してゆく米国産核ミサイル)、マオリ族の捕鯨文化を誇らしげに描いたニュージーランドの切手、などを取り上げます。

 「第3章 奇妙な独裁者がいる国」では、アフリカ大陸全体を支配するカダフィの肖像を描いたリビアの切手、白頭山に立つ金正日が「私が生まれた場所はここだ」と言い張っている北朝鮮の切手、大空から舞い降りたタカがイラク国旗を星条旗にぶっ刺して息の根を止めているフセイン政権の切手、インフレ率624パーセント(2004年)という超ハイパーインフレのため額面が印刷できなかったジンバブエの切手、など様々な独裁国の切手を紹介してくれます。

 「第4章 領土争いをしている国」では、韓国が何度も発行している竹島切手、民族融和の美しい精神を讃える中国の切手、「台湾」名義で発行されたものの一年で消滅し「中華民国」に書き換えられた台湾の切手、そして北方領土切手を・・・出せない日本、という具合に、身近な国々を中心に「切手外交」の生々しい事情を解説。

 最後に「第5章 外貨をぼったくる国」として、「海外の人気国」をテーマにした切手を発行して海外の切手コレクターや観光客に売りつける、という主に新興国で行われている切手ビジネスの概要を紹介してくれます。本書の帯に書かれている「南野陽子の切手を外国が発行する理由」というアオリ文句の謎がここで解けます。オマケ的に、いわゆる「勘違い日本」を堂々と印刷してくれる各国の切手もご紹介。

 というわけで、解説には少し著者の主義主張が入り込み過ぎている面もあるかな、とも感じられますが、何しろ「切手から読み解ける各国の事情」の面白さに刮目させられる本です。切手コレクターでもなく、これまで外国の切手になど興味がなかった方も、それが小さいながら立派な「国際メディア」「外交ツール」なのだと認識してから眺めてみると、意外な発見があるかも知れません。


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