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『ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選』(中村融 編) [読書(SF)]

 SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーの刊行が始まりました。第一巻のテーマは「宇宙開発SF」。巨匠クラーク&バクスターの共作から、航空宇宙工学を学ぶ学生が書いた作品まで、全7篇を収録。文庫版出版は2010年7月です。

 宇宙開発と言えば、やっぱりそれはSFの王道。アポロ計画から火星の有人探査まで、あらゆる困難を乗り越えて宇宙を目指す人々の情熱の物語は、どれも読者のSF魂を震わせてくれます。

 まず冒頭の『主任設計者』(アンディ・ダンカン)ですが、個人的には、本書に収録された傑作群のなかでも、最も感動的な作品だと思います。ある(実在の)技術者の生涯を通じて、ソビエト連邦におけるロケット開発の歴史が描かれます。史実とは異なっている、いわゆる歴史改変モノなんだそうですが、あまり詳しくないもので、ノンフィクションあるいは歴史小説のように読むことが出来ました。

 不条理極まりない政治状況によって、生活も、名声も、ついには命すら奪われながら、ひたむきに宇宙を目指し続けた一人の主任設計者。ラストシーン含め「泣きポイント」は多いのですが、特に感涙モノなのが、事故により軌道上から帰還困難となった宇宙飛行士とミッションコントロールとの会話シーン。短い会話の中から、主任設計者が後継者たちに遺した信念や覚悟が浮かび上がってくる様子に、もう涙ぼろぼろ。ここで感動しないのなら、そもそもSFを読んだり、技術者になったりする意味はないのでは、とさえ思えるのです。

 続く『サターン時代』(ウィリアム・バートン)は、現実の宇宙開発が遅々として進まないことに業を煮やした作者が、歴史改変により“こうあるべきだった”宇宙開発史を描いてみせたもの。20世紀末までアポロ計画が継続され、軌道ステーションから月面基地まで作られた挙げ句、ちゃんとディスカバリー号が木星圏に向かって発進しました、2001年に間に合いました、という話。悪くはないんですが、何といっても『主任設計者』の後に読むと発想がガキっぽく感じられてしまうのがお気の毒。

 『電送連続体』(アーサー・C.クラーク、スティーヴン・バクスター)は、(またもや)歴史改変により、20世紀に物質電送技術が確立された歴史を描きます。ものすごい勢いで宇宙開発が進み、第二次世界大戦中に戦闘機を飛ばしていた主人公がまだ生きているうちに、自力で「幼年期の終わり」をなし遂げてしまう人類、という目茶苦茶なスピード。その突き抜けた能天気さと目まぐるしいスピード感が心地よいです。

 一つ飛ばして、『月その六』(スティーヴン・バクスター)は、ある事故により複数のパラレルワールドが交差して、様々な並行世界からやってきた宇宙飛行士たちが月面で合流してしまう、という魅力的な導入でスタートします。しかし本作が凄いのは、事後処理により主人公が飛ばされた先が「全く宇宙開発が行われなかった歴史」を持つ世界であるということ。

 現実よりも早く宇宙開発が進んだ(願望充足的)歴史改変モノが続いた後で、それと正反対の話を収録するという構成が素晴らしい。宇宙開発は行われず、宇宙に興味を持つ人もほとんどいない、少なくともSF者にとっては暗黒ディストピアとしか思えない歴史に囚われ、脱出不能となった宇宙飛行士。彼が最後にとった行動とは。狂気の沙汰としか思えない彼の決断を通じて、宇宙への憧れ、というより渇望が劇的に表現されています。

 『月をぼくのポケットに』(ジェイムズ・ラヴグローヴ)は、「月の石」を手に入れるために必死になってお金を集めるナードな少年の話。『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』(アダム=トロイ・カストロ、ジェリイ・オルション)は、リトル・グレイ(あのロズウェル・エイリアンの通俗的イメージ)そっくりに生まれついた少年が、世間の偏見やらタブロイド紙やらUFOマニアの干渉を乗り越えてついに宇宙飛行士になり、命と引き換えに無知や迷信やオカルトビリーバーに対して一撃を食らわす話。

 いずれも主人公はSF者の象徴であり、もちろん最後にSF者が勝つのです。

 そして『献身』(エリック・チョイ)ですが、火星有人探査ミッション中に起きた事故と、宇宙飛行士たちのサバイバルを描いた作品。『火星縦断』(ジェフリー・A・ランディス)みたいな話(本書収録作では『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』にも似たようなシチュエーションが出てきます)で、それほど独創的ではないのですが、いかにもSF者の心をくすぐるネタを決め手に持ってきて、手堅くまとめています。21歳の学生が書いたとは思えない巧みさ。

 というわけで、宇宙への憧れと情熱をテーマとした、いかにもSFらしいSFがそろったアンソロジーです。SFとか別に好きでなくても、小惑星探査機「はやぶさ」の帰還に感動した人なら楽しめるはず。ぜひお読み下さい。

[収録作]

『主任設計者』(アンディ・ダンカン)
『サターン時代』(ウィリアム・バートン)
『電送連続体』(アーサー・C.クラーク、スティーヴン・バクスター)
『月をぼくのポケットに』(ジェイムズ・ラヴグローヴ)
『月その六』(スティーヴン・バクスター)
『献身』(エリック・チョイ)
『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』(アダム=トロイ・カストロ、ジェリイ・オルション)


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