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『アリスへの決別』(山本弘) [読書(SF)]

 山本弘さんの短篇集。風刺SFを中心に、ハードSFからサイコホラーまで、ロリコンから女ターザンまで(笑)、様々な趣向の短篇7作が収録されています。文庫版出版は2010年8月。

 冒頭に置かれた表題作『アリスへの決別』は、昨今の表現規制問題を風刺した作品。ちょっとしたSF的アイデアを使って、規制推進派が本当に消してしまいたいものは、実のところ行為でも表現でもなく、他人の「頭の中」だということが、身も蓋もなく書かれます。未成年女子のヌードシーンがばんばん出てきますので苦手な方はお気をつけて。

 風刺SFと言えば、次の『リトルガールふたたび』がもの凄い。もいっちょ日本に原爆を落としてしまえ、というブライアン・W・オールディスの『リトル・ボーイ再び』へのオマージュですが、オールディスが風刺の対象としたのが米国の大衆文化なら、本作が風刺のターゲットとしたのは日本のネット文化。

 原爆“擬人化”美少女キャラ「ウララちゃんとプルルちゃん」に萌え~っ、「日本も核を持つだぼむ」というスレッド大いに盛り上がり、ついに発射されるイラスト付き「痛ミサイル」、かぶさる弾幕コメント「ウララちゃん、がんばれ」、「きれいな花火、期待してます」。

 あまりの猛毒ぶりにびっくりしますが(冗談だろうと風刺だろうと書いていいことと悪いことがあるだろう、という方は読まない方がいいです。マジで)、何だかネット世論が草の根ファシズム化して暴走してゆく過程がリアルで、核より何より、そこがすごく嫌。ラストの皮肉なオチがあんまり皮肉に感じられないほど。

 風刺SFと言えば、『地球から来た男』もそうです。長編『地球移動作戦』の数十年後を舞台とした短篇ですが、設定の一部が共通しているだけでストーリー上のつながりはありません。ただ、トンデモというか非理性的な人々との戦いというテーマには共通するものがあります。

 恒星間宇宙船に密航していた青年の正体をめぐるストーリーですが、どこが風刺SFなのか説明するとネタバレになってしまうので、紹介が難しい。

 アーサー・C・クラークのある短篇がヒントになっているとのことなので、この機会にそちらも読み直してみました。クラークの作品は、米国人の目を通して、英国の伝統を(敬意を払いつつ)風刺するもので、作中で行われている問題提起が本作とほとんど同じなのに驚きました。問題意識は同じ、主人公がとった行動も同じ、それなのに英国と日本ではここまでテイストが違ってくるという、それ自体が痛烈な風刺になっています。ぜひ両作を読み比べてみることをお勧めします。

 『七歩跳んだ男』は月面における殺人事件を扱ったミステリ風味のハードSF。月面、映像記録、山本弘、となれば当然アレの風刺になるわけですが、ミステリとしてもきちんと書けていて好感が持てます。

 『地獄はここに』は、インチキ霊能力者を語り手にしたホラー作品。霊視トリックや霊能力者を扱ったテレビ番組の制作過程など内幕が詳しく書かれるのは、いかにもこの作者らしいところ。多くの読者は途中で真相に気づくでしょうが、最後まで読むと、霊能力だの何だのと言って他人をもてあそぶことへの怒り、というか「ばちあたり感」が表現されていることに気づきます。

 最後の『オルダーセンの世界』と『夢幻潜航艇』は、いずれも夢の世界(正確にはあらゆる可能性が重ね合わせ状態のまま収束しない“量子論的むにゃむにゃ”世界)を舞台に、一人の美女/美少女の活躍を描く冒険小説。個人的には、書き下ろしの『夢幻潜航艇』の方が面白いと思います。

 ちょっと奇妙(でご都合主義的)な設定を使った単純な冒険小説だと思って楽しんでいると、この量子論的不確定世界に適応して進化した知的生命(その正体が素晴らしい)とのファーストコンタクト、という直球ど真ん中ストレート本格SFに展開してびっくり。グレッグ・イーガンが『宇宙消失』でついに書き切れなかったネタをこれだけあっさり書いてしまうのには脱帽です。

 全体的に作者の趣味嗜好が強く出ており、また風刺毒もかなり強力なので、誰にでもお勧めというわけにはいきませんが、まあ山本弘さんのファンは当然として、そういえばストレートな風刺SFって最近あまり見かけないなあ、昭和の頃は日本SF短篇のほとんどが社会風刺SFだったような気がするのになあ、などと思っているオールドSFファンは読んでおくべき短篇集です。風刺SFは日本の伝統です。

[収録作]

『アリスへの決別』
『リトルガールふたたび』
『七歩跳んだ男』
『地獄はここに』
『地球から来た男』
『オルダーセンの世界』
『夢幻潜航艇』


タグ:山本弘
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