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『量子回廊 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵) [読書(SF)]

 恒例の年刊日本SF傑作選、その2009年版です。一気に600ページ超えというこれまでで最大のボリューム、さらに第1回創元SF短編賞受賞作を掲載という、話題性たっぷりの一冊。文庫版出版は2010年7月です。

 前半は女性作家、後半は男性作家の作品が集められていますが、全体的な傾向としては「女性作家は真面目で文学志向、男性作家は不真面目でお笑い志向」という感じを受けます。もちろん掲載作品のことであって、作家としての姿勢のことではありません。あ、でも・・・。

 個人的に印象に残った作品を挙げてみると、まずは巻頭の『夢見る葦笛』(上田早夕里)。いかにも『魚舟・獣舟』の作者らしいバイオホラー系の話で、暴力性や残忍性といった「人間らしさ」を喪失した異形の「モンスター」に変化してゆく人々の姿を通じて、人間性とは何かを問う作品です。ありふれたアイデアストーリーになってしまいそうな話なのに、この作者の手にかかると何とも不気味なインパクトが出るのが不思議。

 スターリン時代のソビエトを舞台に、一人のグルジア人女性チェリストと大作曲家ショスタコーヴィチの関わりをじっくり描く『ひな菊』(高野史緒)は、『短篇ベストコレクション 現代の小説2010』にも収録された傑作。再読すると、しみじみと不安な気持ちになってきます。

 『ナルキッソスたち』(森奈津子)は、作者お得意のセクシャルマイノリティ・コメディ。その吹っ切れぶりは素晴らしく(特に後半)、ジェンダーSFだとか何とかいった分類を軽々と跳び越えてゆきます。すごくイイと思う。

 『はじめての駅で 観覧車』(北野勇作)は、「線路、駅、時刻表、観覧車」に託して生命の誕生と進化の壮大なドラマを描いた作品、ではなくて、いつもの北野旅日記です。読後感が心地よいです。

 『確認済飛行物体』(三崎亜記)は、宇宙から飛来した円盤群を政府が「確認」したために未確認飛行物体(UFO)でなくなってしまったという極めて論理的な馬鹿話。UFOじゃないとはっきりすれば、誰も空飛ぶ円盤のことなんて気にしませんよね。デビュー長篇『となり町戦争』にも似たテイストの皮肉と風刺の効いた作品です。

 個人的に最も気に入ったのが『紙片50』(倉田タカシ)です。いわゆるツイッター小説ですが、この言語感覚の冴えは凄い。面白くなくても数の力で無理やり笑わせるというちからわざ。笹公人さんの念力短歌とか好きな方は、きっと気に入るでしょう。

 最後に掲載されているのが、第1回創元SF短編賞受賞作『あがり』(松崎有理)です。大学の生物学研究室の描写が素晴らしくリアルで良いのですが、肝心のSF的アイデアが無理すぎて興ざめだし、その実験に取り組む登場人物の動機も不自然すぎて、どうも気に入りませんでした。

 むしろ、大森さん、日下さん、そしてゲストの山田正紀さん、それぞれの選評の方が面白いかも。優れたSFとは何か、という価値観が各人バラバラで噛み合ってない、そこら辺の対立が生々しくて、興味深く読めます。

 というわけで、非常に幅広い作風を楽しめる良質のアンソロジーです。必ずしもSFとは言えない作品も多く(というか、むしろ普通の意味でSFに分類される作品の方が少数派かも)、あまりSFに興味のない読者でも充分に楽しめると思います。 

[収録作]

『夢見る葦笛』(上田早夕里)
『ひな菊』(高野史緒)
『ナルキッソスたち』(森奈津子)
『夕陽が沈む』(皆川博子)
『箱』(小池昌代)
『スパークした』(最果タヒ)
『日下兄妹』(市川春子)
『夜なのに』(田中哲弥)
『はじめての駅で 観覧車』(北野勇作)
『心の闇』(綾辻行人)
『確認済飛行物体』(三崎亜記)
『紙片50』(倉田タカシ)
『ラビアコントロール』(木下古栗)
『雨ふりマージ』(新城カズマ)
『For a breath I tarry』(瀬名秀明)
『バナナ剥きには最適の日々』(円城塔)
『星魂転生』(谷甲州)
『あがり』(松崎有理)


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