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『SFマガジン2010年8月号 浅倉久志追悼』 [読書(SF)]

 ひたすら追悼特集が続いている観のあるSFマガジンですが、2010年8月号は浅倉久志追悼ということで、氏が翻訳した短篇作品から5篇を選んで掲載してくれました。

 巻末には力作「浅倉久志 全翻訳作品リスト」が載っています。このリストは圧巻のひとこと。クラークが、ディックが、ラファティが、ヴォネガットが、ティプトリーが、テッド・チャンが。眺めているうちに「この人がいなかったら今の自分はなかった」という気持ちがこみあげてきてちょっと、ね。

 さて、掲載作はいずれもSF色が薄く、どちらかと言えばアイデアよりも文章の巧みさで読ませる小説が選ばれています。浅倉久志追さんの翻訳を味わうという主旨なので当然でしょう。

 最初はキース・ロバーツの『信号手』。代表作『パヴァーヌ』に収録された中篇で、腕木通信(無線機が発明される前に使われていた通信システムで、信号塔に取り付けられた腕木を動かして符合を作り、遠隔地から望遠鏡で読み取る)の信号手にあこがれた少年が、ギルドへの入会を許され、厳しい試練を乗り越えて一人前の信号手へと成長してゆく姿を描きます。

 山の中でたった一人、ひたすら信号塔の手入れをして、隣の信号塔を監視し続けて冬を越すという、孤独で過酷な生活。生じたアクシデントの様子など、重厚かつ丁寧な描写を積み重ねてゆくことで信号手の姿に奥行きを与え、読者の感慨を呼び起こす傑作です。わずかにファンタジーの要素が入ってますが、 SF色はありません。

 『田園の女王』は、これはもうラファティとしか言いようのない変な作品。自動車が普及する代わりに電車が発達した世界が舞台で、そこは自然と文明が調和した美しく幸福なユートピアになっています。しかし、そんなユートピアに背を向けて、違法な密造自動車を走らせる犯罪者がなくなることはありません。自動車は悪魔の機械と見なされ、見かけた人々は電車の窓から銃をぶっ放して自動車を消し去ろうとするのでした。

 風刺というにはあまりに奇妙な味わい。ユートピアに生きるエコで心優しい人々よりも、燃え盛る自動車の中で「チンチン電車で天国へ行くよりも、おれは自動車で地獄へ行くほうを選ぶ!」と叫びながら吹き飛ぶドライバーの方に共感を持ってしまうんですね。環境問題に敏感で意識が高いくせに、じゃ環境保護のためなら宇宙開発を放棄するかと言われたら猛反発する、そんなSF者の姿をからかわれているような思いです。

 時間が流れるというのは幻想で、映画フィルムの一コマ一コマのように、一瞬一瞬は独立して永遠不滅に存在しているのではないか。誰もが考えることですが、それを正面から扱ったのが、リチャード・グラントの『ドローデの方程式』。

 一瞬の永続、というテーマはSFやファンタジーでは常に人気のあるテーマですが、本作はあまり理屈をこねることなく、「人生の素晴らしい瞬間をそのまま永遠に生きることができたらいいのに」という願望をそのまま叶えてしまう話です。いい話ですが、あまりにもひねりがなさ過ぎるのはどうかと思いますね。

 ロジャー・ゼラズニイの『このあらしの瞬間』は素晴らしい。ある植民惑星のコロニーが特大級の嵐に襲われ、何日も洪水が続いた挙げ句に、社会秩序が崩壊して人々が人間性を喪失しかけてゆくという暗い話ですが、ディザスターパニックものや、バラードめいた破滅ものにはなりません。

 嵐と人生を重ね合わせ、人間の本性とは何かを問いかける本作は、悲しいストーリーにも関わらず、その絶妙な語り口のおかげで明るく力強い印象を残してくれます。ゼラズニイって、やっぱ巧いよ。

 最後の『自転車の修繕』(ジェローム・K・ジェローム)はユーモア小説。友人と自転車で遠乗りにゆく予定の主人公。その友人が、お前の自転車、前輪がちょっとぐらついているな、直してやろう、なあに俺に任せておけよ、などと言い出したところで読者には先がはっきり分かりますが、そう、予想通りの展開が待っています。

 十九世紀に書かれた作品ですが、少しも古い感じがしないのは、まあハッカー気質の自信家のやることは何百年たっても何も変わらないということなんでしょう。予想通りの展開が楽しくて思わず失笑してしまう掌篇です。

 個人的なお勧めは『このあらしの瞬間』(ロジャー・ゼラズニイ)と『信号手』(キース・ロバーツ)ですが、他の作品もユーモアやらペーソスやらがじんわりと効いてくる良作ぞろいです。こういう訳文も、もう読めないのかと思うと悲しい。

[収録作]

『信号手』(キース・ロバーツ)
『田園の女王』(R・A・ラファティ)
『ドローデの方程式』(リチャード・グラント)
『このあらしの瞬間』(ロジャー・ゼラズニイ)
『自転車の修繕』(ジェローム・K・ジェローム)


タグ:SFマガジン
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