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『変愛小説集2』(岸本佐知子編訳) [読書(小説・詩)]

 愛にまつわる物語でありながら、普通の恋愛小説の基準からはみ出した、グロテスクだったり極端だったり変てこだったりする小説、名付けて“変愛小説”を集めた傑作アンソロジー『変愛小説集』の出版から二年。ついに待望の第二弾が出版されました。岸本佐知子さんが選び、翻訳した変愛小説11篇を集めた短編集です。単行本出版は2010年5月。

 「一冊出してみると、私の変愛欲はおさまるどころかさらに加速した。紙数の関係で収めきれなかったものがまだまだあった。それら浮かばれない変愛たちが、夜な夜な私の夢枕に立った。加えて、新たに読んだ本や雑誌の中にも珠玉の輝きを放つ変愛は頻々と見つかった。いい変愛あるよ、とこっそり耳打ちされることも一度ならずあった。私の変愛欲はどんどん膨らみ、やがて一杯になった。世に変愛の種は尽きない」(「編訳者あとがき」より)

 というわけで、岸本佐知子さんの変愛欲あふれる翻訳で読めるのはこんなお話たち。

 優しくて床上手な超イケメンばかりが生息している島に一人のギャルが流れ着く(『彼氏島』 ステイシー・リクター)。その冗談のような設定に意表をつかれますが、読んでみると意外とシリアスな作品なのでまたびっくり。

 ある日、妻の身体から歯が生えてくる。次第に歯は増えてゆき、ついには全身くまなく歯でびっしり覆われてしまう。(『歯好症(デンタフィリア)』 ジュリア・スラヴィン)。妖怪百歯というか、そのグロテスクなイメージは圧倒的ですが、歯まみれの妻をそれでも美しいと思いためらいもなく愛し続ける主人公の方がむしろグロテスクかも。

 彼女のなかには寒々とした空虚が広がっていた。なとどいう陳腐な比喩が許されないのが現代文学。実際にヒロインのアソコの中には空虚が広がっている。防寒具を装着してピッケルを手にした探検隊が股の間からソコに入ってゆくが、激しい吹雪のために行方不明者が・・・。(『スペシャリスト』 アリソン・スミス)。どう反応してよいか困ってしまう作品ですが、意外にも心の空虚を埋めてくれる真実の愛を探し求める物語、なのかも知れません。違うかも知れません。

 野生のチアリーダーを探してモンタナの冬山へ向かうハンターたち。「昔からいろいろな地で生存が確認されているにもかかわらず、まだ誰一人としてチアリーダーの姿を見た者はいなかった。痕跡や証拠なら数々あった。ポンポンの切れ端はあちこちで見つかっていたし、私の見つけた凍った足跡だってその一つだ」(『私が西部にやって来て、そこの住人になったわけ』 アリソン・ベイカー)。果たして主人公は幻のチアリーダーを目撃することが出来るのか。 UMA小説かと思えば西部劇風に展開し、意外な方向へ転がってゆく変な物語。しかし、アメリカ人って「古き良きアメリカ」を探し求める話が好きですよねえ。

 他にも、妻が実はマネキン人形だということに気付いてしまった男の苦悩(『マネキン』 ポール・グレノン)、決して会うことが出来ない不在の「妹」に萌え萌え妄想しまくる老人(『妹』 ミランダ・ジュライ)、すでに遺体となっている恋人にひたすら愛をささやき二人の明るい未来を語り続ける男の切ない話(『道にて』 スティーヴン・ディクソン)、など、まさに世に変愛の種は尽きまじ。

 個人的に最も気に入ったのは、格安で手に入れた屋敷、タダ同然の捨て値で売り飛ばされた新車、などのいわゆる「わけあり」物件になぞらえて、幸せをつかみそうになるとパニックを起こして発作的に全てを台無しにしてしまう(のではないかと不安になる)心理を見事に表現した『ヴードゥー・ハート』(スコット・スナイダー)です。変愛度は控えめながら、その切ない読後感は格別です。

 SFファンなら『シュワルツさんのために』(ジョージ・ソーンダーズ)は要チェックでしょう。個人の記憶を「オフロード」してパッケージ化して市販するという、まあ、ありがちなアイデア、妻に死なれてしまった男の後悔、そして高齢者介護問題、これらを組み合わせて感動的な物語に仕上げる手際が鮮やかです。泣かせSFの傑作。

 というわけで、「変な愛を描きつつも、愛とはそもそも変なものであることを逆に浮き彫りにし、その変さゆえにかえって純愛小説に近づいている、そんな正しく健やかな変愛たち」(「編訳者あとがき」より)を堪能できる素晴らしいアンソロジー。強力にお勧めします。未読の方は、いっしょに前作『変愛小説集』もどうぞ。そしてみんなで第三弾を待ちましょう。

[収録作]

『彼氏島』(ステイシー・リクター)
『スペシャリスト』(アリソン・スミス)
『妹』(ミランダ・ジュライ)
『私が西部にやって来て、そこの住人になったわけ』(アリソン・ベイカー)
『道にて』(スティーヴン・ディクソン)
『ヴードゥー・ハート』(スコット・スナイダー)
『ミルドレッド』(レナード・マイケルズ)
『マネキン』(ポール・グレノン)
『人類学・その他 100の物語』より』(ダン・ローズ)
『歯好症(デンタフィリア)』(ジュリア・スラヴィン)
『シュワルツさんのために』(ジョージ・ソーンダーズ)


タグ:岸本佐知子
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