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『書店繁盛記』(田口久美子) [読書(随筆)]

 40年近く書店で働き続け、リブロ池袋店店長やジャンク堂池袋本店副店長を勤めた、人よんでカリスマ書店員、田口久美子さんの書店員エッセイ。単行本出版は2006年、私が読んだ文庫版は2010年4月に出版されています。

 書店員モノと言うと、ついつい『暴れん坊本屋さん』(久世番子)を思い出してしまうのですが、あちらが書店員アルバイト現場での苦労話をギャグにしているのに対して、こちらは何しろ責任者ですから、出版業や書店業が置かれている状況や将来見通しについて、シビアに、生々しく、現場を通じて語っているのが特徴です。

 出版時から数年たっているので出版・書店業に関する情報は微妙に古くなっていますが、基本的なトレンドはあまり変わってないというか、順調に悪化しているというか。

 主な話題は、書籍の分類、売り場棚の構成、アマゾンの脅威、書籍のコンピュータ検索が現場をどう変えたか、青山ブックセンター閉店、ジュンク堂新宿店の立ち上げ苦労話、文学賞や本屋大賞、書店での講演会、米国が日本の再販制を批判する理由、書店の就職面接、書店内で起こる様々な事件、お客の無理難題やクレーム、客注のトラブルなど。

 いずれも書店員の立場から、現場ではどんな仕事をしているのか、それがどう変わりつつあるのか、という具体的な話ばかり。大型書店に通っている読者なら興味津々のはず。すまし顔の書店員が「カバーをおかけになりますか」とか言っている背後では、こんなドタバタが、こんな苦労が、こんな危機が。

 個人的には、ジュンク堂の各フロア担当者へのインタビューをまとめた第四章が特に面白く、なるほど棚の構成や並べる書籍の選定はこうやっているのか、書店員というのはこういうことを考えているこんな人たちなのか、などと驚くやら感心するやら。

 次々と繰り出されてくるエピソードも面白い。韓国のテレビ局から日本の漫画の出版状況を取材したいという申し込みがあって受けたら、ひたすら『マンガ嫌韓流』について聞かれたとか、100刷を越えた多刷本にはどのような共通点があるかとか、ジュンク堂新宿店が開店したときはまだ工事中で壁がない部分には青いビニールシートをかけて営業していたとか、そのせいで工事のほこりが舞い込む度に非常ベルが鳴り響いたとか、でもお客さんは気にもとめずに本を読み続けていたとか。

 出版業や書店業が置かれている状況を考えれば無理もありませんが、基本的にシリアスな雰囲気です。とはいえ、笑えるネタもけっこう多い。

顧客:さっき『完全自殺マニュアル』を買ったけど、切れないロープの結び方が書いてない。首をつっても切れないロープの結び方があるはずだから、それが書いてある本がほしい。

著者:えーと、私たちは、本の内容までは立ち入りません。

顧客:でも首をつった人の体験記があるはずですが

著者:体験記を書くのは失敗した人でしょう

同僚:ロープの結び方の本でしたら、アウトドアのコーナーにありますが

顧客:どうも

 まあ、変な客、困った客、男性店員の前ではしゅんとなるくせに女性店員が相手だと居丈高になってクレームをつける客など、接客には苦労が絶えないようです。

 この路線で個人的に一番笑ったのは、他人に頼まれて本を買いに来たと思しきお客様、聞き取ってきた書名のメモに「情事OLの1984年」と書いてあった、という奴。「えーと、ジョージ・オーウェルの『1984年』でしょうか」、「だからそう書いてあるでしょう」。

 というわけで、本好きの方、書店好きの方、出版・書店業に携わる方にお勧めします。もしまだお読みでなければ『暴れん坊本屋さん』(久世番子)全三巻と合わせてがっつり購入するとよいでしょう。翌日から書店に立ち寄るのがさらに楽しみになるに違いありません。


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