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『極限の科学』(伊達宗行) [読書(サイエンス)]

 極端な高圧、超低温、強磁場など、私たちが通常観察している状況からかけ離れた極限環境下に置かれた物質が示す驚くべき挙動と、その研究のために極限環境を作り出す技術についての解説書です。出版は2010年2月。

 極限科学ということで、前述のような様々な極限的環境を作り出す技術、およびそのような極限環境下における物性が、横断的に扱われます。まず人類はどこまでの極限環境を人工的に作り出すことに成功しているのかを包括的に解説した後、具体的に超低温、超高圧、強磁場という三つの分野を詳述し、最後に極限物性科学という観点から宇宙物理学や天文学について見てゆくというのが全体構成。

 もちろん物性科学も興味深いのですが、個人的には(根が技術者なので)極限環境を作り出す技術の進展に興奮しました。例えば超低温への挑戦であれば、こんな感じ。

「ヘリウム液体の実現で、温度制御可能領域は桁ちがいに拡大された。室温からその沸点、4.2ケルビンがその範囲に入り、さらに減圧することで液体ヘリウムの沸点が下がり約1ケルビンまで行ける」
(単行本p.64)

「では、その先は? 人間の極限指向は限りがない。熱力学第三法則は絶対零度へどうしても到達できない、と言っている。しかしどこまで行けるのか」
(単行本p.64)

「ミリケルビンが実用化されて次の目標は何か。ストレートに考えればマイクロケルビンであろう。10のマイナス6乗ケルビン、何か気の遠くなるような超低温である。もはや日常の世界とは完全に断絶されているが、自然は我々を手まねきしている」
(単行本p.72)

 この「自然が手まねきしている」という感覚は身震いが出るほどリアルで、なぜそれが必要なのかといった思考は吹き飛ばされ、どうしても行けるところまで行かなければ、という切迫感が伝わってきます。(ちなみに、なぜそれが必要なのかもちゃんと解説されています)

 そして、ついに達成されたマイクロケルビンの世界。「光モラセス」と呼ばれる、光と原子が融けあい混然一体となった凝集体へと変容する領域です。そこまで行っても研究者は満足しません。次の目標はボース凝集点。そして・・・。

「ではこの先どうなるのか? ボース凝集点と絶対零度の間に思いもかけぬ世界が拓けるのか? 今日、誰もその答を持っていない」
(単行本p.80)

 ここまで読んだだけでも、思わず何もかも投げ捨てて超低温物性研究所へ走りたくなりますが、いやいや、そこからがまた凄い。液体粘性が消滅する「超流動」という気が変になりそうな現象、チョーク充填リングを使った永久電流の実現、量子渦、などなど次から次へと驚愕すべき超低温物性の世界が。

 同様に、高圧科学の章では、地球中心部における物性研究のために極端な圧力を作り出す技術が扱われます。そこでは氷でさえ金属として振る舞うようになるのです。

 また強磁場の章では、物質の結晶構造を崩し、絶縁体を押しつぶして金属にし、無重力状態を作り出すほどの磁場が登場します。しかし、それでも満足にはほど遠い。

「現在の人工磁場を越えてはじめて真の強磁場科学の世界があると予想される。なぜそんな事がわかるのか。それは、現在到達している磁場はまだ不十分であり、さらに強磁場になると物質全体に本質的な変化をもたらすようになる、と推定されているからである。そのキーワードを化学的カタストロフィーという」
(単行本p.197)

 想像を絶するような強磁場にさらされた分子は、その原子間共有結合それ自体がゆがめられ、崩壊し、別の結合形態へと変容してしまう。こうして通常ではあり得ない形態の原子結合がいとも簡単に実現し、物質はその分子構成レベルで層転移を起こす、と予想されているそうです。

「そのような中で新しい分子もできるだろうが、それは全く未知のものである。もちろん生命は存在しえない世界だ。このような強磁場は現在可能な人工磁場の二桁も上である。将来このような磁場が作れるようになったら、そこにはとんでもない物質が顔を出すことだろう」
(単行本p.198)

 というわけで、最前線の物性科学というものが、こんなSF的な興奮に満ち満ちた発展途上の研究だということをはじめて知りました。

 ちなみに高圧環境の実現ですが、本書における記述はこうです。

「なんと今日ではその最高到達圧力は100万気圧を越えるまでになった。そしてダイヤ面の改良で200万気圧も射程内に入ってきた」
(単行本p.121)

 そして、つい先日の海洋研究開発機構(JAMSTEC)の発表によると、

「レーザー加熱ダイヤモンドアンビル装置を用いて、地球の中心に相当する超高圧・超高温の状態(364万気圧、5,500度)を実験室内で実現することに、世界で初めて成功しました」(2010年4月5日付けプレスリリースより)
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20100405/

 「200万気圧も射程内」と書いた解説書が出版されてから数カ月で364万気圧が達成されたのです。

 極限科学がどれほど急激に発展しつつあるか、まざまざと見せつけられた思いです。熱意ある若い研究者は、ぜひこの分野へ進んでほしい。自然は我々を手まねきしている。


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