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『雪男たちの国』(ノーマン・ロック) [読書(小説・詩)]

 ロバート・スコット率いる南極探検隊に同行した建築家が、帰国後に手記を書き残していた。そこには、探検隊が遭難して全滅するまでの記録が記されており、この手記を発見した「編者」が復元して出版した。という設定の幻想小説です。

 もちろんこの設定は大嘘で、「編者」たるノーマン・ロック自身が、手記の内容そのものは史実に全く反するがゆえに「著者」の妄想であろう、と結論してます。

 しかし、「著者」の手書きページやイラストなどを丹念に復元したものが何枚も挿入され、また「著者」の消息に関するわずかな情報がもっともらしく示されることで、「著者」およびその手記それ自体の実在に関して、読者は判断がつきかねることになるのです。

 こうやって、前書きの部分で、虚実の判断を微妙なところで保留させた上で、手記が始まるわけですが、これが実に変な内容です。

 あまりの寒さゆえに「凍りついている氷上の影」を採取する隊員、スプーンでひたすら氷を掘る隊員、奇妙なオカルト理論を作り上げてオーロラは死者の残留思念だとか言い出す隊員。やがて隊員たちの妻や恋人がどこからともなく次々と現れて・・・。

 南極大陸という、あらゆる意味づけや象徴性を拒絶する場所で、存在の「意味」をはぎ取られた人間たちが、次第に妄想に乗っ取られて狂ってゆく様を、詩情豊かに書き綴った作品です。あり得ないことが平然と起こり、「著者」を含め誰もがそれを自然に受け入れてしまう。読んでいて実に奇妙な感慨を覚えます。

 「著者」がどのようにして探検隊に参加し、どのようにして生還したのか、そういった論理的な説明はありません。ぽつりぽつりと語られる断章は、起った順番すら明確ではなく、いくら読んでも筋は通らず、まるで夢の記憶のように全てが曖昧なままに終わります。

 夢と妄想をえがいた小説ですが、しかし書かれている情景は不思議と美しく、登場人物たちの狂気はなぜか強い共感を呼びます。何だかずっと昔に似たような体験をしたことがあるような気がしてくるほど。

 個人的には、レムの『ソラリス』を思い出しました。特に各隊員にとってそれぞれ個人的に重要な女性が現れるシーンがそうですが、むしろ全体を通して、舞台である南極が「ソラリスの海」と同じ感触を与えてくれるのです。

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