SSブログ

『量子力学の解釈問題』(コリン・ブルース) [読書(サイエンス)]

 量子力学を解説した教科書やサイエンス本は沢山あるんですが、どれも「解釈問題」には踏み込まないよう、慎重に避けているように見えます。

 とりあえず最も“計算しやすい”モデルで説明して、その意味については深く考えないようにしている、というか「そんなことを考えても仕方ない」という立場をとっているという印象を受けます。

 しかし、本書の著者はこういう立場に真っ向から反対します。ただ結果を予測するということを超えて「自然を理解する」というのが科学という営みの本質ではないのか、だとすれば量子力学の解釈問題を避けて通るべきではない、と。

 というわけで、この難問に真っ向からぶつかってゆく本です。

 まず、これまでに提唱されてきた様々な「解釈」について評価してゆきます。コペンハーゲン解釈、ガイド波モデル、意識による観測が引き起こす収束という解釈、そして多世界解釈。

 その上で、著者は多世界解釈をベースに拡張した理論こそが本命であるとして、それを「オックスフォード解釈」として打ち出します。

 ちなみに、昔は多世界解釈というとSF扱いでしたが、現在では様々な理由(それは本書でちゃんと解説されています)から主流になっているモデルです。

 本書に登場するエピソードですが、量子物理学の国際会議でどの解釈を支持するか非公式に投票したところ、90人の物理学者のうちコペンハーゲン解釈に投票したのは4人、ガイド波解釈2人、その他の未知のメカニズム4人、多世界解釈が30人だったそうです。ただし、態度保留が50人だったそうで、まだ合意がとれているとは言えないのですが。

 さて、解釈問題に踏み込んだ本は「現時点では多世界解釈が最も有望」くらいの結論を出したところで無難に終わることが多いのですが、本書は前半だけでここまで進みます。そして後半が凄い。

 まず、多世界解釈でないと説明困難な実験が紹介されます。これは以前に『日経サイエンス』の記事で読んでびっくりしたことがありますが、ありがたいことに本書ではさらに詳しい解説が載っています。

 対象物に全く何の影響も与えないでそれを「観測」する、という魔法のような実験です。対象物を「観測」した他の世界との干渉現象を利用するのですが、考えれば考えるほど驚くべき実験です。

 続いて多世界解釈を積極的に利用して動作する量子コンピュータの原理を説明し、さらに多世界解釈が引き起こす哲学的問題の数々について触れます。

 面白いのはその次で、多世界解釈を支持している科学者の間にも様々な意見の対立があるということが紹介されます。まだ多世界解釈は未完成だということがよく分かります。そして、多世界解釈に反対する二人の科学者(ペンローズとツァイリンガー)の主張を吟味します。

 後半は本書ではじめて知った話が多く、読んでいて興奮させられました。知的好奇心をビリビリ刺激してくれる本です。

量子力学に関する基礎的な知識を持っている読者を想定して書かれているようで、内容的にやや高度ですが、文章は平易で読みやすく、大学の教養課程の学生なら問題なく読み通せると思います。

 私もきちんとした理解は出来なかったのですが、

「多世界解釈というのが単なる理論ではなく実験的に検証されていること」
「それが量子力学における“超光速リンク”やら“観測による波動収束”やらまつわる混乱を解消して、シュレ猫を不可思議な状態から救い、量子コンピュータへの道を拓くこと」
「ただし、逆に、様々な概念上哲学上の難問を引き起こすこと」
「まだ多世界解釈の理論は発展中であり、次々と新しい展開が出てきていること」

を知ることが出来るだけでも価値がありました。

というか「無数のパラレルワールドが物理的に実在する」と多くの科学者が心から信じている、という事実を確認できただけでグッと来ました。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1