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『新世界より』(貴志祐介) [読書(SF)]

 これは面白い!

 エンターティメント小説としての出来は実に素晴らしく、SFとしても文句なく今年のベストテンに入る傑作だと思います。

 上下巻合わせて1000ページを越える大作ですが、とにかく読者を引き込む手腕が尋常ではなく、何の苦もなくするすると読み進むことが出来ます。あまりの面白さに、途中で読み終えるのが惜しくなりました。

 実に効果的に配置されたエピソード、適度なレベルで張られた伏線、ほのめかし、謎。読者の期待に応えつつ、微妙に裏をかいてなかなか先が読めない展開。

 ひょっとしたら辟易する読者がいるかも知れないと心配になるほど、巧みな筆さばきです。ラノベ感覚で読んでも抵抗なく楽しめ、ひねくれた読書好きでもその巧妙な構成に唸らされる、これはそういう作品です。

 今から千年後の日本。高度なテクノロジーを捨てて、魔法(呪力)に頼って生活する人々が作った小さな村落が舞台となります。主人公は、そこの魔法学校みたいなところで呪力の使い方を学ぶ子供。

 一見すると、のどかな理想郷にも思えるこのコミュニティが、実は規格から外れた人間を徹底的に排除することで成り立っている超管理社会であることが次第に明らかになってきて、主人公とその仲間たちも禁断の情報に触れてしまったために抹殺対象にされ・・・。

 もう定番というか、一つのサブジャンルと言ってよいほどよく使われてきた設定です。正直に言うと、読み始めてすぐ「またこれか」とか思って、先が予想できた気になってちょっとがっかりしました。しかししかし、これが貴志祐介さんの手にかかると、そう一筋縄ではゆかない方向に展開してゆくのです。

 もし一人一人が核爆弾に匹敵する力を持ったとしたら、人類はどうやって社会を維持するだろうか、というテーマを元に、考察を重ねて出てきたであろう様々なアイデアが惜しげもなく投入され、ストーリーをぐいぐい引っ張ってゆきます。

 途中のエピソードがどれもこれも面白いのですが、特に最後の2つの章が素晴らしい。派手な戦闘シーンやパニックシーンから一転してホラーになったかと思うと、サスペンスに、秘境探検ものに、青春小説に、ミステリに、という具合にジャンル横断的な見せ場が続いて。

 最後にはオールディスか椎名誠かという異形生物圏が登場し、アシモフのロボットミステリを彷彿とさせるロジックのひねりが冴え渡り、あらゆるジャンル小説の面白さが渾然一体となったクライマックスへと突入してゆくわけです。

 SFの観点から見ると、もう古いと思われていた「ロボット工学の三原則」だって、ちょっとひねって応用すればまだこんなに面白い物語が作れるのだ、ということを示した功績は大きいのではないでしょうか。

 貴志祐介さんの作品はこれまで『黒い家』と『天使の囀り』しか読んだことがなく、あまり好きな作家ではないと思っていたのですが、これで一気に見直しました。

 というわけで、SFだファンタジーだホラーだミステリだといったジャンル分けにこだわらず、ぜひ多くの方々に読んで頂きたい、エンターティメント小説の教科書的な作品です。

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