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『まぼろしの奇想建築 天才が夢みた不可能な挑戦』(フィリップ・ウィルキンソン、ナショナル・ジオグラフィック:編集、関谷冬華:翻訳) [読書(教養)]

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 マンハッタンのミッドタウンの大部分を覆いつくす巨大ドーム、アテネのパルテノン神殿の横に建つ王宮、高さ1マイルの超高層ビル、ゾウの形をした凱旋門……。最終的にはどれ一つとして建設されることなく終わったが、もし実現していれば、歴史に残るすばらしい建物になっていたことだろう。そんな建築物はほかにもある。建築家たちが材料を限界まで駆使し、旧来の常識にとらわれないまったく新しいアイデアを追求し、創造力の翼を自由気ままに広げ、未来を目指した設計は数多い。本書では、そんな建築物にまつわる50の物語を紹介しよう。設計図やスケッチ、模型しか残っていない「幻」の建築は、実際に建設されなかったにもかかわらず、それらはなぜ、今日まで忘れ去られることなく、人の心を惹きつけてきたのだろうか。
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単行本p.8


 500万人の遺体を収容できる94階建ての墓地、ひとりの看守が多数の囚人を一方的に監視できる監獄パノプティコン、ギザの大ピラミッドをしのぐ巨大球形ニュートン記念堂、天空を水平に伸びる高層ビル、そして東京湾をまたいで成長してゆくメタボリズム都市トーキョー。中世から20世紀までに真剣に構想されながら「幻」と消えた建築の数々を収集した一冊。単行本(日経ナショナルジオグラフィック社)出版は2018年10月です。


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 本書に登場する建築物は、それぞれ背景こそ違っているが、どれもが興味深い。統治者や都市の為政者たちがあたためていた構想があり、建築家や都市計画家がよりよい生き方を示そうとした試みがあり、英雄や指導者を称えた記念碑があり、必要に迫られて生み出された窮余の策があり、建築の常識をひっくり返すような挑戦がある。どれ一つとして、私たちは目を離せない。
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単行本p.11


 幻の土地を扱った『世界をまどわせた地図』の姉妹編ともいうべき一冊で、テーマは幻の建築物。ちなみに『世界のまどわせた地図』の紹介はこちら。


  2018年09月27日の日記
  『世界をまどわせた地図 伝説と誤解が生んだ冒険の物語』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-09-27


 構想されたものの結局は実現しなかった様々な奇想建築物の設計プランを50個も集めて解説してくれます。構想図だけ見ると「?」となる建造物が、それぞれの時代に深刻化した都市問題に対する解決策として考案されたといった背景や問題意識を理解すると、天才的ひらめきとそれを形にした驚くべき業績に感嘆の念を覚えるように。全体は6つの章から構成され、ほぼ時代順に配置されています。


CHAPTER 1
夢見た理想の都市
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 さまざまな時代と場所を背景に生み出されたこれらの理想世界は、禁欲的で質素な中世の修道院から、豪華絢爛なルネサンス調の都市まで、外観も様式もまったく異なる。それでも、設計者たちがそこかしこに残した足跡、例えば未完成のボーヴェ大聖堂、見事というほかないウルビーノの絵画、緻密で複雑なザンクト・ガレン修道院平面図、見る者を魅了するダ・ヴィンチのスケッチ、スフォルツィンダやクリスティアノポリスなどの理想都市の設計図は、私たちに過ぎ去った時間と歴史の中に消えた理想を思い起こさせ、変わらぬ感動を与えてくれる。
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単行本p.13


ザンクト・ガレン修道院
ボーヴェ大聖堂の身廊
スフォルツィンダ
理想都市のパネル画
ダ・ヴィンチの階層構造都市
クリスティアノポリス


CHAPTER 2
啓蒙時代が生んだ奇妙な空間
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 ブーレーやルドゥーなどの建築家の影響は現代にも残っているが、そのまま真似をした者はいない。アイザック・ニュートン記念堂のような建築物は、時代の先を行き過ぎた感がある。にもかかわらず、現在でもこれらが注目されるのは、非常に高度な製図技術や、形状の純粋さ、常識にとらわれずに新しい形を模索する姿勢などが心を打つからだろう。人々は啓蒙時代に描かれた美しい設計図に繰り返し引き戻されるのだ。
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単行本p.41


ホワイトホール宮殿
セント・ポール大聖堂
勝利の凱旋ゾウ
王立製塩所
アイザック・ニュートン記念堂
国立図書館
パノプティコン


CHAPTER 3
急成長する都市
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 これらはどれも具体的な必要性に迫られた計画であり、様式においても設計や計画立案においても、典型的な19世紀の創意工夫が盛り込まれている。しかし、公衆衛生の改善、保護、文化の発展は未来にも目を向けたものだった。まさにヴィクトリア時代のデザインと呼べるこれらの設計は、朽ち果てることのない生命と可能性を感じさせる。
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単行本p.75


ニューハーモニー
ピラミッド型墓地
アクロポリスの丘の宮殿
テムズ川の3階建て堤防
グレート・ヴィクトリアン・ウェイ
リール大聖堂
ワトキンの塔
国立歴史・美術博物館


CHAPTER 4
建築の革命
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 近代を表現する一つの方法は、近代技術を取り入れることだった。未来派のイタリア人建築家アントニオ・ド・サンテリアが設計した都市は、近代的な交通網を中心に街が整備され、人間より鉄道や車が広い空間を占めているように思える。機械と速度を礼賛する未来派の典型的な特徴だ。ウラジーミル・タトリンの第三インターナショナル記念塔は、また違った意味で近代的なデザインを見せている。金属があらわになった建物はモーターの力で巨大モビールのように動き、革命の鮮やかなシンボルになるはずだった。反対に、奇抜な角度と結晶のような形を駆使するキュビスムは、建物の構造を見せずに、見る者をあっといわせる斬新さを出すことが求められた。
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単行本p.112


万国博覧会のための音楽堂
ホテル・アトラクション
キュビスムの家
新都市(チッタ・ヌォーヴァ)
第三インターナショナル記念塔
庭園のあずまや
フリードリヒ通りビル
エリエル・サーリネンのトリビューン・タワー
アドルフ・ロースのトリビューン・タワー


CHAPTER 5
輝く都市
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 デザインの改革は、機能主義、装飾の除外、屋根が平らで白い箱のような建物へと進んでいった。とりわけ、近代主義の建築家は鉄とガラスなどの素材を使い、個別の建物にとどまらず、都市全体を新しく設計するようになった。ミース・ファン・デル・ローエによるガラス張りの高層ビルを皮切りに、ガラスの多用が一層広まり、建物は透明に近づき、内側から見る光景はかつてないほどに広がった。
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単行本p.150


雲の鐙
ガラスの家
輝く都市
橋の上のアパート
全体劇場
空中レストラン
カトリック大聖堂
ザ・イリノイ
ニューノーシア


CHAPTER 6
そして未来へ
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 果たしてエコと巨大建築物は両立するのだろうか。建築家はそのような可能性をも追求し、農場と高層ビルを融合させたヴィンセント・カレボーのアジアの石塚のような大胆な設計も生まれた。目の前の常識に疑いをいだき、理想を形にし、未来の実現に力をつくす。建築家たちが歩む道は、ルネサンス時代の建築家たちが理想都市を夢見ていた500年前も今も変わらない。
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単行本p.193


東京計画1960
エンドレスハウス
空中都市
ウォーキング・シティ
ジャージー回廊
アメリカ移民記念館
マンハッタンドーム
ザ・ピーク
トゥール・サン・ファン
バンコク・ハイパービルディング
アジアの石塚



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『SFマガジン2018年12月号 ハーラン・エリスン追悼特集』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2018年12月号の特集は、2018年6月27日(現地時間)に死去したハーラン・エリスン追悼でした。


『失われた時間の守護者』(ハーラン・エリスン、山形浩生:翻訳)
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「その時計。あんたの時計。動かない。止まってる」
 ガスパールはうなずいた。「十一時で。わしの時計は動いとる。特別な時間を保っている。ごく特別な一時間のために」
 ビリーはガスパールの肩に触れた。慎重に尋ねる。「あんた、何者だい、おとっつぁん」
 老人は微笑もせずに言った。「ガスパール。保持者、守護者。守り手」
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SFマガジン2018年12月号p.32


 ある出来事がきっかけで親友となった老人と若者。老人が肌身離さず持ち歩いている懐中時計には、大きな秘密が隠されていた。取り返しのつかない過去、それに触れることが出来るとしたら、どれほどの代償を払っていいのだろうか。いかにもスタートレック『永遠の淵に立つ都市』の作者らしい、感傷的で切ない時間テーマSF。


『おお、汝信仰うすき者よ』(ハーラン・エリスン、柳下毅一郎:翻訳)
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 一瞬前まで生きているミノタウロスと向かいあっていた。ナイヴンのような人間にふさわしい名前が生まれる前にこの世界を去った生き物と。信奉者のいない神、それがミノタウロスだった。信じなかった世界で、信じなかった男と対峙する。
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SFマガジン2018年12月号p.44


 恋人のあとを追ってメキシコの夜の裏通りに足を踏み入れた男。謎めいた占い師が告げる。お前は、信仰のない男、信頼の置けぬ男、救われぬ男だと。次の瞬間、彼はどことも知れぬ神話世界で、ミノタウロスと対峙していた……。トワイライトゾーンに迷いこんだ男の顛末を描いた作品。


『奇妙なワイン』(ハーラン・エリスン、中村融:翻訳)
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「わたしは、この惑星のほかのだれよりも良くも悪くもない。わたしがいっているのは、そういうことです。苦痛、苦悶、恐怖のなかで生きること。日々の恐怖。絶望。虚無。これよりましなものは持てないんでしょうか? 人間としてここで悲惨な人生を送るしかないんでしょうか? わたしがいいたいのは、もっといい場所がある、人間であることの苦しみが存在しないほかの世界があるということなんです!」
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SFマガジン2018年12月号p.53


 なぜ人生はこんなにつまらなく、悲惨で、絶望に満ちているのか。自分は他の世界から何らかの罰として地球に送り込まれたのに違いない。「この世界で人間として生きるという刑罰」からの脱走を試みた男が知った真相とは……。オチの皮肉が痛烈な作品。


『愛を語るより左記のとおり執り行おう』(澤村伊智)
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「軽く調べたんですけど、昔は葬儀会場ってのがあったらしいですよ。葬儀会社なんてのも」
 多田が耳慣れない単語を二つ口にした。私は途方に暮れて彼を見返す。頭の中には次々と疑問が湧いていた。
 伝統的な葬儀とは何だ。多田の親戚だという老人は、いったいどんな葬儀を求めているのだ。
 そして何故そんな無理難題を。
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SFマガジン2018年12月号p.114


 冠婚葬祭すべて仮想現実空間で実施される時代。ある病気の老人が、実際に、物理的に人を集めて行なう「伝統的な葬儀」を希望していると知ったTVプロデューサーは、その顛末をドキュメンタリー番組にすべく、葬儀の準備に追われる関係者に密着取材するが……。

 テクノロジーが私たちの生活や意識をどう変化させるかを扱ってきた連作短篇シリーズの最終話。これまでにSFマガジンで発表した作品をメタ的に取り込みつつ、日本SF界の一部に見られる不寛容で幼稚な排他性に対する嫌味を書いているところも印象的です。


『時の扉』(小川哲)
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 私は決定論の話をしているわけではありませぬ。私が言いたいのは、この世界の運命があらかじめ決められていようとも、そうでなかったとしても、どちらにせよ未来を変えることはできないということです。(中略)「変える」とは存在するものを別様にしてしまうことであります。神の力をもってしても、存在していないものを変えることはできませぬ。
 察しのいい王のことですから、すでに私の言いたいことはわかっていることと思います。そう、もし何かを変えられるとしたら、それは未来ではなく過去なのです。過去はすでに存在していて、すべての存在は変えることができるのです。
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SFマガジン2018年12月号p.201


 時間にまつわるいくつかの物語を、残虐なる王に語り聞かせる男。時間は流れない。ゼノンの飛ぶ矢のように、一瞬一瞬は別々に、独立に存在している。したがって過去に対する脳の認識を変えることにより実際に過去を変えることが出来るが、それにはそれなりの代償が伴うというのだが……。アラビアンナイトの設定、『商人と錬金術師の門』(テッド・チャン)のテーマ、そして史実を巧みにミックスした思弁的時間テーマSF。


『魔王復活!』(草上仁)
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 ようやく旅の準備が整うと、あたしたちは、都営大江戸線と半蔵門線を乗り継いで押上に出て、東武伊勢崎線に乗り換えた。
 こうして、魔王の復活を阻止するための旅が始まったのだ。
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SFマガジン2018年12月号p.299


 またもや魔王が復活しつつある!
 ということで、魔王復活を阻止する仕事をしている公務員チーム(戦士、僧侶、魔導師)のミッション開始。まずは築地市場に行って「ナイフ」と「せんしのふく」を購入。それから東武伊勢崎線に乗って魔王の神殿に向かう。現代日本で行なわれるドラクエ的な冒険を大真面目に描いたユーモラスな作品。



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