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『はじめに闇があった』(長嶋南子) [読書(小説・詩)]

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早く死んでしまう夫も
暗い目をして引きこもっている息子も 職のない娘も
いっしょに住んでいるこの家族は
よその家族ではないかと疑いはじめた
夜になるとわたしの家族をかざしてうろつく
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『別の家族』より

 この人たちはなぜこの家にいるのか。家族という不可解な存在を前にして、困惑し、殺し殺され、わあわあ泣く。家族という闇を直視する、気迫のこもった家族詩集。単行本(思潮社)出版は2014年8月です。


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むっちり太った息子のからだ
シゴトに行けなくなって
部屋にずっと引きこもっている
どんどん太ってきて
部屋のドアから出られなくなった
餅を食べたら追い出さなければならない
ころしてしまう前に
家のなかに漂っている灰色の雲
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『雨期』より


 引きこもりの息子、殺したり殺されたり。

 家族というものは毎日毎日一瞬一瞬が殺し合いです。疲れ切って手を離したら、そのときすべてが終わってしまう。そんな息詰まるような家族というものを、ひたすら書き続けています。

 とりあえず、殺される前に殺します。


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ムスコの閉じこもっている部屋の前に
唐揚げにネコイラズをまぶして置いておく
夜中 ドアから手がのびムスコは唐揚げを食べる
とうとうやってしまった
ずっとムスコを殺したかった
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『ホームドラマ』より

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二階から階段をおりてくる足音が聞こえる
息子が包丁もってわたしをころしにくるのだ
ぎゅっと身が引き締まる
早く目を覚まさなくては
ゆうべは
足音をしのばせて
わたしが階段をあがっていく
ビニールひもを持っている
息子が寝ているあいだに
首をしめて楽にしてやらなくては
ぎゅっと身を引き締める
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『こわいところ』より

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自分が生んだのに悩ましい
わたしは何の心配もなく眠りたい
息子に毛布をかけ床にたたきつける 火事場の馬鹿力
なんども足で踏みつける
生あたたかくぐにゃりとした感触
大きな人型の毛布が床の上にひとやま
こんにゃく じゃがいも ちくわぶ 大根 たこ 息子
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『おでん』より


 思い切って息子を殺せばそれでもう安心かというと、そんなこともなく、家族がいる限りどうしようもありません。泣くことも出来ません。猫にもどうしようもありません。


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いっそのこと原っぱにいって
オンオン泣けば
ためこんでいたものが一気になくなって楽になるだろう
人前でひそかに泣かなくてすむだろう
まわりは新しい建売住宅ばかりで
原っぱはない
家の前の小さな空き地で大声で泣いたら
頭がおかしい人がいるどこの人だろうかと気味悪がられるだろう
部屋のなかで泣いていると猫が
よってきてなめまわしてくれるだろう
猫になぐさめられるとよけいに泣きたくなるだろう
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『泣きたくなる日』より

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安泰だと思っていた家なのに
子どもはひきこもりになっていた
傾いたらあわてて窓からとび出してきた
あさってごろには家は沈むでしょう
沈む家からはネズミが
ゾロゾロ這い出してきます
猫 出番です
わたしにはもう出番はない
舞台のそでからそっと客席をのぞき見している
猫 お別れです
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『尻軽』より

 猫との別れ。そして家族との別れ。いったい、あれは何だったのか。家族って、いったい何なのか。


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仕事を終えて家に帰ると
息子が死んでいた
猫も母もと思ったら
その通りだった
ご飯を食べさせなくていいので
調理しない
レトルトのキーマカレーを食べる
のぞみ通りひとりになったのに
スプーンを持ったまま
わあわあ泣いている
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『さよなら』より

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ついきのうまで家族をしてました
甘い卵焼きがありました
ポテトコロッケがありました
鳩時計がありました
夕方になると灯がともり
しっぽを振って帰ってくるものがいました
家族写真が色あせて菓子箱のなかにあふれています
しっぽを振らなくなった犬は 息子は
山に捨てにいかねばなりません
それから川に洗たくにいきます
桃が流れてきても決して拾ってはいけません
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『しっぽ』より


 というわけで、家族という闇を直視した作品がずらりと並んでいて、一つ読むごとに息詰まるような思いをしました。一番悲しかったのは、猫との別れを書いた詩です。以下に全文引用します。


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猫は猫でないものになりかけています

腹の手術あとをなでてやると
のどをならすのでした
荒い息をしながらまだ猫であろうとしています

キセキがおこるかもしれないと
口にミルクを含ませます
飲み込む力が弱く
わたしの腕のなかでじっとしています

重さがなくなったからだを
抱いています
わたしは泣いているのでした
猫は最後まで猫で
のどをならすのです

わたしはわたしでないものになろうとしています
のどをならします
泣いてくれるよね 猫

キセキは起こらないでしょう
季節の変わり目の大風が吹き荒れている夜です
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『大風が吹き荒れた夜』より


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