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『シンドローム』(佐藤哲也、西村ツチカ:イラスト) [読書(SF)]

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蒸気の手前で車両がとまった。蒸気の中で、何かが動いた。
いやな予感にぼくは震えた。これは嫌いだとぼくは思った。
これは、絶対にあってはならないことだ、とぼくは思った。
赤黒い何かが白い蒸気の下から現われた。のたうっている。
ついに姿を現わした非現実が、ぼくの前でのたうっている。
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単行本p.189

 町外れに落下した火球。続発する異常事態。いったい地面の下で何が起きているのか。でも、ぼくにとっては同じ教室にいる女の子、久保田葉子のほうがずっと気にかかるのだ。ストレートな侵略SFと「迷妄」に悩み続ける青春小説を魔法の文体で融合させた、「ボクラノSF」シリーズ最新刊。単行本(福音館書店)出版は、2015年1月です。


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「あれは隕石なんかじゃない」
「どうして、そう思うんだ?」
 ぼくもなぜか声をひそめた。
「落ちる前に、減速していた」
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単行本p.11


 町外れに落着した火球。それを目撃した四人の少年少女がその謎を解こうとするジュブナイルです。びっくりするくらいストレートな侵略SFで、設定や展開は同じく「ボクラノSF」シリーズに収録されている『海竜めざめる』(ジョン・ウィンダム)に近いものがあります。

 語り手を除く三人は、それぞれこんな風にコメントしています。


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「町の近くに隕石が落下する。アホウがそれを見物に行く。アホウが隕石を棒でつつくと、隕石がぱっくりと割れて、中から何かが飛び出してくる(中略)『ブロブ』。または『人喰いアメーバの恐怖』、または『絶対の危機』。1958年のアメリカ映画。スティーブ・マックィーン、知ってるか?」
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単行本p.22

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「あたし、もしかしたらちょっと怖いかも。どうして怖いのか、よくわからないけど。でも、これってなんだか気味が悪い。(中略)なんて言うのか、人間性からかけ離れた、何かものすごく無情なものがやって来たっていう感じがした。最初からそう思ったわけじゃなくて、時間がたつにつれて、そういう気持ちが強くなった」
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単行本p.41、51

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「正直なところを言うと、おれはあれがあそこに落ちているのが気に入らない。なんでもいいから、さっさと正体をあきらかにして、どっかに消えてほしいと思ってる。そうでないと、おれが落ち着かない」
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単行本p.94


 ところで本作には他の侵略SFとは決定的な違いがあって、それは「語り手が人類の危機より何より、気になっている女の子のことばかり考えて、ぶっくぶくに肥大したエゴを抱えてうじうじ悩み続ける」という点。どんな異変が起きようと、語り手はひたすら自らの内にある「迷妄」と戦い続けるのです。まるでそれこそが侵略者であるかのように。


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 いかにも、真相は迷妄にあった。迷妄はぼくの衝動に呼びかけ、ぼくから精神的な人間という虚飾を剥ぎ取り、獣の本性をさらそうとする。卑劣で、そして狡猾でもある迷妄は得意のいつわりをおこなうことで、暗い影の下にも精神的な世界があると言葉たくみにささやくが、事実から言えば、そこには精神的な要素などかけらほどにも転がっていない。ただ、獣じみた非精神的な期待と願望だけが渦巻いていて、ひと一人を隠せるだけの大きさもない。
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単行本p.117


 彼が持て余している「迷妄」というのは、

同じクラスの女子である久保田葉子ともっと親しくなりたいとか、
出来ればデートしたいとか、
手を握れたらいいなあとか、
久保田が他の男子と仲良くなったら嫌だとか、
自分はそんなみっともない嫉妬をするような非精神的な人間じゃないとか、
もしかしたら久保田はぼくのことを嫌っているのかも知れないとか、

とにかく宇宙からの侵略とは何の関係もない、思春期のあれこれです。

 やたらと大仰で、繰り返しが多く、古代ギリシア叙事詩を思わせる著者特有のあの魔法の文体で、「迷妄」が執拗に書かれます。謎の異変とかもうどうでもいい感じで。

 もちろんエイリアンだか何だか正体不明の相手はその間もどんどん侵略を進めているわけで、ついに学校の敷地が陥没、校舎ごと地面に引きずり込まれるという危機的状況に。脱出不能、水位を上げ続ける地下水、攻撃してくる触手。それでも語り手が戦うのはあくまで自らの「迷妄」。もう少しエイリアンや人類のことを考えてやれよ、と思いつつも、まあ十代の内向的な少年って、こうだよね。

 というわけで、ウィンダムを期待して読むと「ええ?」となるかも知れない、鬱屈した青春小説です。一部の若い読者には突き刺さると思います。


タグ:佐藤哲也
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