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『SFマガジン2011年8月号 特集:初音ミク』 [読書(SF)]

 SFマガジンの2011年8月号は、「特集:初音ミク」ということで、あそこらへんを席巻したボーカロイドというかバーチャルアイドルが登場する作品を三篇掲載してくれました。

 まずは、山本弘さんの『喪われた惑星の遺産』。

 はるか未来の太陽系に調査にやってきた異星の学術調査団。すでに滅びてしまった「人類」を少しでも理解しようと懸命に努力するが、はかり知れない歳月の前に、その遺跡はほぼ完全に失われていた。人類は何も残さないまま、ただ空しく消えてしまったのだろうか。調査団が諦めかけたとき、第二惑星(金星)を周回している人工物が発見される。探査機、あかつき。その内部に収容されていた太古のデータは、驚くべきものだった。

 クラークの出世作『太陽系最後の日』を思わせる設定ですが、編集部の紹介文のおかげで最初からオチは読めてしまいます。しかし、これがまさかの感動作。たとえ言葉は通じなくても、異星人でも、爬虫類でも、何千万年もの時を隔てても、ボクらの情熱はきっと通じるんだ! いや、真顔で言われても。

 次は、泉和良さんの『DIVAの揺らすカーテン』。山奥の研究所で働いている一人の寂しい若者と、それを異世界からそっと見守っている謎の少女。というか謎でも何でもありませんが。

 パソコンの画面から美少女が出てきて嬉しい、という話で納得させるのは難しいのに、超対称性量子を介してネット空間から物理現実の基底構造に対する情報アクセスが可能になって嬉しい、といえば納得するのがSF読者。バーチャルアイドルが「現実」に微妙な影響を与えそれを少しずつ変えてゆく、という私たちの現実を象徴するような作品です。

 特集の最後は、野尻抱介さんの『歌う潜水艦とピアピア動画』。

 海洋研究開発機構でも、海上自衛隊でも、経産省でも。今やわが国の組織のキーポジションには既にあれあれな世代が就いているので、自衛隊の潜水艦にボーカロイドを乗せてクジラさんとお話しさせようプロジェクトがニコニコ動画(作中ではピアピア動画)を使ってとんとん拍子に実現。

 クジラとの音声コミュニケーション実験に成功し、そのまま群れに導かれて海洋を進むうち、潜水艦は謎の音声信号によるコンタクトを受ける。その発信源は、その正体は、そしてその意図は何か。

 内容はちょっとまてですが、海洋冒険ハードSFの雰囲気が素晴らしい。わくわくしてきます。海洋探査ものとしても、ファーストコンタクトものとしても、著者お得意の「ニコ動が人類の未来を切り拓く」プロパガンダ小説としても、よく出来ていて読みごたえがあります。

 というわけで、舞台は様々(宇宙、田舎、海洋)ですが、何らかの形で「コンタクト」がテーマとなっており、初音ミクが二つの世界をつなぐ、というのが三作の共通点。どれも願望充足と自己肯定感に満ちた作品なので、文化的に親和性の高い読者なら心地よく楽しめるでしょう。

 特集外では、読み切り短篇が二篇。

 まず、神林長平さんの『いま集合的無意識を、』。

 30年ずっとSFを書いてきた老作家が、ネットが臨界に達して「なにか」が誕生する瞬間を目撃する。やがてツィッターを介してコンタクトしてきたそれは、「伊藤計劃」と名乗るのだった。

 神林長平と伊藤計劃の対話、という、ごく一部読者大興奮の展開。著者はベテランSF作家としての矜持をかけて、『ハーモニ』(伊藤計劃)の、その先にあるビジョンを追求します。生存のため「意識」を捨てた知性はどこに向かうのか。

 偶然かも知れませんが、先月号(特集:伊藤計劃以後)と今月号の特集をつなぐ要石のような作品になっています。今月号の冒頭、特集の直前というポジションがぴったりはまっているのがまた。

 先輩作家から若い作家たちへの叱咤激励というか挑発に満ちており、ロートルにこうも気合を入れられたからには、こいつうぜえ時代遅れにしてやるっ、とばかりに若手作家の皆様ぜひ奮起して頂きたいものです。

 そして、ピーター・ワッツの『天使』。

 民間人や中立建造物に対する付随的損害を最小限にするために、自律判断アルゴリズムのなかに「良心」に相当する学習機能を搭載した無人攻撃機。戦闘体験を積むごとに学習を重ね、単なる評価関数をこえたバリューを意識するようになったそれは、自意識すら持っていないにも関わらず、次第に「良心の呵責」に苦しむようになってゆく。そして戦場で大きなダメージを受けたとき、それが下した判断とは・・・。

 今まさにアフガニスタン等で大量に投入され、様々な政治的・倫理的問題を引き起こしている無人攻撃機をテーマとした作品です。(神林長平さんの後に読んだので、もしや海外版『雪風』かと思ってしまいましたが)

 兵器に人工知能を搭載したところ自我や感情に目覚めてどうのこうのというSFは多いのですが、たいていそのプロセスは詳しく書かれません。というか、そもそも「命令に絶対服従していた兵士が、ある出来事をきっかけにそのことに疑問を感じてしまう」という定番プロットのバリェーションに過ぎなかったり。

 本作は、このプロセスを丁寧に追ってゆくのが特徴。短い乾いたセンテンスをつみ重ねて、自意識も持たない主人公の「内面」で起きていることを、もっともらしくえがいてみせます。抑制がよく効いており、安易な寓話にならないように、説得力を持たせるところは実に巧み。感心させられます。

 というわけで、陸、海、空、宇宙、そしてネットと舞台も揃っており、ベテラン作家から若手まで執筆陣も幅広く、特集もキャッチーだし、これを機会にSFも読んでみようかと思っている方にもお勧めの、SFマガジン8月号であります。

[掲載作品]

『喪われた惑星の遺産』(山本弘)
『DIVAの揺らすカーテン』(泉和良)
『歌う潜水艦とピアピア動画』(野尻抱介)

『いま集合的無意識を、』(神林長平)
『天使』(ピーター・ワッツ)


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