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『ミステリウム』(エリック・マコーマック) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 『隠し部屋を査察して』や『パラダイス・モーテル』といった奇怪でグロテスクな超越的奇想小説で一部に熱心な愛読者がいるエリック・マコーマック、その長篇小説が翻訳されました。単行本(国書刊行会)出版は2011年1月。

 マコーマックは大好きな作家の一人。私の知る限り、『隠し部屋を査察して』と『パラダイス・モーテル』しか翻訳されていませんが、この二冊、ときどき読み返しては、その度に新たな感銘を受けています。

 こんなヘンな話をここまで切実に読ませてくれる作家は他にいないでしょう。書かれている内容も、小説としての展開も、表現も、文章も、何もかもが独特です。とにかくすごい。未読の方は、せめて短篇集『隠し部屋を査察して』(創元推理文庫)だけでも読んでほしい。

 というわけで、他の作品が翻訳されるのをずっと待っていたのですが、その後まったく音沙汰がなく、ほぼあきらめていました。ところがところが、ついにこのときがやってきました。マコーマックの長篇小説が翻訳されたのです。しかもミステリー小説とのこと。素晴らしい。

 さて、その「マコーマックが書いたミステリー小説」とは。

 舞台はスコットランドを思わせる田舎の村。この静かな村で、奇怪な事件が続発する。彫像や墓場や図書館が荒らされ、羊飼いが殺されて唇を切り取られる。犯人と目されたよそ者が謎の自殺を遂げ、これで決着がついたと思われたのだが、やがて村の住民が次々と毒殺されてゆくという展開に。はたして誰が何の目的でこのようなおぞましい事件を起こしているのだろうか。

 確かに一見すると普通のミステリー小説です。魅力的な謎が提示され、少しずつ情報が集まり、次第に全貌が見えてくる。事件のカギを握る過去の出来事や意外な人間関係が明らかにされてゆき、ついに真相まであと一歩、という気になって。

 もちろんそこはマコーマックですから、一筋縄ではゆきません。謎の提示とその解明過程というフレームワークはむしろ便宜的なもので、途中で盛り込まれる奇怪なディテール、理不尽な状況、グロテスクな挿話こそが真骨頂。

 老いた両親を三十年間虐待してからばらばらに切断した姉妹の話。事故でそれぞれ右足と左足を失った二人の炭鉱夫が外科手術により腰の部分で癒着され人工的シャム双生児となることで普通に歩けるようになった話。ポストモダン文芸評論のパロディとして書かれる犯罪学論争史。「耳なし芳一」風に自分の身体にびっしりとダイイングメッセージを書き残して死んでいた男。

 軍隊が歩調を整えて行進したせいで橋が共振して崩落した、といった著名な伝説も巧みに取り込んで、何とも言えない不思議で魅惑的な奇想虚構世界を作り上げてゆきます。逆に言えば、背景世界の存在感は圧倒的であるものの、普通の意味でいうリアリティはほとんどありません。だから信用できない。

 さらに証言をする村の住民たちも、誰もが何やら秘密を隠している、あるいは口裏を合わせて嘘をついているらしい気配があります。しかも、全員が毒におかされ言語中枢にダメージを受けている、という設定なのです。

 ある者は言葉を逆さまに話し、ある者はあまりの大声のため耳の保護具なしに話を聴くことが出来ない。途中に脈絡なく罵倒語がはさまる者、勝手に作り出した言葉で話す者。当然ながら証言には謎めいた部分や意味不明の言及が多く、しかも誰も彼もが、証言が終わるとすぐ死んでしまう。ああ、マコーマックだなあ。

 という具合に、まず作品世界が筋道の通ったものであるという確信が持てない上に、書かれている証言も信用できない。これで推理だ、謎解きだ、と言われても。やがては、そもそも謎が解ける、真相が分かる、といった概念そのものを疑う奇想小説へと展開してゆきます。ああ、それでこそマコーマック。

 というわけで、ミステリー小説としても奇想小説としても読める長篇小説という、それ自体が奇想としか思えない不思議な作品。やはり何を書いてもマコーマックはマコーマックでした。好きだ。この勢いで未訳作品が翻訳されてゆくことを期待したいと思います。


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