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『きょうも上天気 SF短編傑作選』(訳:浅倉久志、編:大森望) [読書(SF)]

 今年亡くなった浅倉久志さんの追悼企画として、氏の翻訳による定番的名作SF短篇を集めたアンソロジーが出ました。文庫版(角川書店)出版は2010年11月。

 さて、ここでクイズです。
『宇宙兵ブルース』、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』、『アンドロメダ病原体』、『タイタンの妖女』、『スラン』、『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』、『ユービック』、『世界の中心で愛を叫んだけもの』、『ヴァーミリオン・サンズ』、『クローム襲撃』、『たったひとつの冴えたやりかた』、『タウ・ゼロ』、『へびつかい座ホットライン』、『バビロンの塔』、『ノーストリリア』、『九百人のお祖母さん』。
これらの作品にはある共通点があります。それは何でし・・・・・・。

 ここで腹の底から何かがこみ上げてきて、机に突っ伏して泣きそうになるわけですが、要するに私の半生は浅倉久志さんの仕業だったのだな。

 というわけで、浅倉久志さんが翻訳したSF短篇から、定番中の定番といってもよい古典的名作を集めたアンソロジーであります。編者の大森望さんによる15ページにおよぶ「解説」がついていますが、そのうち本書の解説は実質的に1ページもなく、ほぼ全てのページが浅倉久志さんの思い出を語ることに費やされています。

 さて収録作ですが、まず最初は『オメラスから歩み去る人々』(アーシュラ・K・ル・グィン)。ユートピアとしか思えないオメラスという都。そこには、すべての住民が承知している「秘密」があった・・・。少数に犠牲を強いることで維持される多数の幸福(平和、でも可)が倫理的に正当化されるか、というテーマを扱った名作。同テーマで数多くの作品が書かれてきましたが、語り口の見事さで本作は忘れがたいものとなっています。

 『コーラルDの雲の彫刻師』(J・G・バラード)は、連作短篇集『ヴァーミリオン・サンズ』の一篇。グライダーで飛び回りながら雲を彫刻してゆく光景と、運命の女をめぐる悲劇。『ヴァーミリオン・サンズ』の幻想的で素晴らしい雰囲気が堪能できる作品です。

 『ひる』(ロバート・シェクリイ)は、自分に対する攻撃を含めあらゆるエネルギーを吸収して無限に増殖を続ける宇宙怪物と戦う物語。ある年代以上の方なら、ウルトラQのバルンガの元ネタですよ、と言えば展開もオチも全てが分かってしまう有名作。

 『きょうも上天気』(ジェローム・ビクスビイ)は、ある小さな村を舞台としたホラー作品。その村の住民は、一人の幼い少年に異常に気を使っている。少年の前で不平や文句を言うことは厳禁され、いつも、今日はいい天気だね、これは素敵だね、などと現状肯定的なことばかり口にしながら、ひきつった笑顔を浮かべつつ、少年に媚びへつらう人々。その理由は・・・。

 何とも言えないユーモアと恐怖が一体となった名作で、何度も映像化されています。編者は、『ビューティフルドリーマー』のラムや涼宮ハルヒの原点、と指摘していますが、まあ前者はともかくとして、後者は確かにその通り。恐るべき現実改変能力者が少年だとホラー、美少女だとラノベ。

 『ロト』(ウォード・ムーア)は、核戦争勃発直後の混乱を扱った古典的傑作。家財を車に詰め込んで安全な場所に逃げようとする一家の姿を通して、「この世の終わり」に直面した人々の反応をリアルに描きます。核の惨禍や暴動など陰惨なシーンは全く登場せず、交通渋滞と家族の不満にひたすら耐える父親というホームドラマ的シチュエーションだけで、人間の本性があらわになってゆく様をじっくりと読ませ、忘れがたい嫌な印象を残してくれる作品。

 『時は金』(マック・レナルズ)はタイムマシン、『空飛ぶヴォルプラ』(ワイマン・グイン)はミュータント、『明日も明日もその明日も』(カート・ヴォネガット・ジュニア)は超高齢化社会をそれぞれ扱ったアイデアストーリー。いずれも定番的なネタを極端に追求することから生ずるユーモアの感覚が素晴らしい。どれもラスト一行の皮肉が見事にキマっていて、ストーリーの細部を忘れても、なぜか最後の一行だけ暗記している、というのがSF者の習性です。

 最後は『時間飛行士へのささやかな贈物』(フィリップ・K・ディック)。未来へと打ち上げられたロケット型タイムマシンが帰還時の再突入で爆発し、乗員は全滅する。しかし、まだ打ち上げ前の「現在」にいる時間飛行士たちにとっては、それは未来の出来事だった。果たしてこの未来を変えることが出来るのか。

 いわゆる「時間ループ」ものですが、全くロジック無視なのが凄い。何がどうなって無限ループが生ずるのかよく分からないのですが、とにかく「自分は、いや自分だけでなく世界全体が、今このシーンをこれまで何億回もひたすら繰り返してきたに違いない」という確信、その極度の精神的疲労感を、これでもかこれでもかと書いてくるところが、まさしくディック。

 時間テーマのふりをしているものの、実は精神疾患の症状を主観的に生々しく描いた作品というか、それを言えばディックの作品はほとんど全てそうなんですが、とにかくその悪夢的な感触は強烈です。

 というわけで、テッパンの名作ばかりが収録されており、素晴らしいSF入門書となっています。浅倉久志さんの名前を知らない人でも何の問題もなく楽しめます。オールドSFファンは大いに青春を懐かしんで、そして机に突っ伏して泣くがよいと思います。


[収録作]

『オメラスから歩み去る人々』(アーシュラ・K・ル・グィン)
『コーラルDの雲の彫刻師』(J・G・バラード)
『ひる』(ロバート・シェクリイ)
『きょうも上天気』(ジェローム・ビクスビイ)
『ロト』(ウォード・ムーア)
『時は金』(マック・レナルズ)
『空飛ぶヴォルプラ』(ワイマン・グイン)
『明日も明日もその明日も』(カート・ヴォネガット・ジュニア)
『時間飛行士へのささやかな贈物』(フィリップ・K・ディック)


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