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『スティーヴ・フィーヴァー ポストヒューマンSF傑作選』(山岸真 編) [読書(SF)]

 SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー第三弾のテーマは「ポストヒューマンSF」。クローニングやサイボーグから、ナノマシンの暴走、そして仮想空間への人格アップロードまで、テクノロジーの発展によって根本的に変容した人間の意識や世界観を描き出す作品12篇を収録。文庫版(早川書房)出版は2010年11月です。

 今巻に収録された作品は、設定として「現実」からの飛躍が大きく、しかも大きく変容した意識や世界観をとりあえず“受け入れる”ことや、“理解困難なものへの感情移入”の意識的な努力が求められるため、これまでの「宇宙開発テーマ」や「時間テーマ」に比べるとやや敷居が高くなっています。いわば SF読みのためのSFというか、ジャンルのコア読者向け作品集。

 まず最初は、『死がふたりをわかつまで』(ジェフリー・A・ランディス)。クローン再生を繰り返しながら、長い長い歳月のなか、何度も生まれては、互いに出会い、あるいはすれ違い、やがて死ぬ、そしてまた再生される。そんな時を超え無限に再生される男女の愛の行方を叙情的に描いた短い作品。わずか数ページでいきなり宇宙の終焉まで跳んでゆく強引さが清々しい。

 続いて『技術の結晶』(ロバート・チャールズ・ウィルスン)、『グリーンのクリーム』(マイクル・G・コーニィ)、『キャサリン・ホイール(タルシスの聖女)』(イアン・マクドナルド)、『脱ぎ捨てられた男』(ロバート・J・ソウヤー)の四作は、いずれも意識を機械に“移植”することで不死性を獲得しようとする物語。

 生身の肉体を捨て去ることに伴う心理的・社会的な葛藤がテーマとなります。愛がそれを乗り越えるというセンチな物語もあれば、肉体からの解放を祈る心と機械に注がれる愛情を鮮やかに対比させてみせたイアン・マクドナルドの切れ味鋭い傑作、そして機械化バージョンと生身バージョンが「俺こそ本物の自分」と言い張って争うというお馬鹿短篇(そうです。ソウヤーです)まで、どれも楽しめます。

 『ローグ・ファーム』(チャールズ・ストロス)は、集合意識体への精神統合をコミカルに描いた作品。『引き潮』(メアリ・スーン・リー)は、不治の病におかされた幼い娘をそのまま死なせるか、それとも手術により生体ロボット化してせめて社会に役立つ存在にするか、どちらが人道的で“正しい”決断なのか、という重い問いかけに直面する話。

 『ひまわり』(キャスリン・アン・グーナン)と『スティーヴ・フィーヴァー』(グレッグ・イーガン)は、暴走したナノマシンにより知覚や意識が強制的に変容させられるという物語。

 特にイーガンの短篇は、ナノマシンが超分散プロセサとして機能して知能を獲得していることと、それが(人間から見て)あまりにも馬鹿馬鹿しい目的にわき目もふらずに邁進しているというビジョンが異様で、恐怖とユーモアがごっちゃになった印象的な怪作。主人公が感染するナノマシン疫病は、「宗教」の暗喩として読むことも出来そうです。

 そして最後は、遠未来やポスト・シンギュラリティを扱った、現実からの飛躍が著しい作品が三つ。

 仮想空間にアップロードした複製人格を「スナップショット」として保存しておく(ときどき思い出にふけるために「再生」する)という『ウェディング・アルバム』(デイヴィッド・マルセク)。結婚時の“記念撮影”である複製人格を視点人物にするという工夫が素晴らしく効いています。再生させられる度にどんどん変わる本体の状況、時代、そしてテクノロジーの進展。目眩がするようなスピードでアイデアとジャーゴンを繰り出して、必死に追随する読者を振り切って遠未来へと爆走してゆきます。このドライブ感、SFでしか味わえない読書快感だと思います。

 『有意水準の石』(デイヴィッド・ブリン)は、ポスト・シンギュラリティ時代における「超越AIと接続して意識拡張した人類」の姿を描く力作。架空人格(例えば、シャーロック・ホームズ)の再現シミュレーションにも人権を認めるべきだ、みたいな政治問題が起きていたり、それに対抗するため「自分のシミュレーション体」を多数創り出して課題解決に取り組ませたり、その「自分のシミュレーション体」が課題解決のために「自分のシミュレーション体」を多数創り出したり・・・(以下繰り返し)。いかにもブリンらしいカッコ良さと脱力気味ユーモアが冴えています。

 最後は、『見せかけの命』(ブライアン・W・オールディス)。遠未来の博物館で発見された二つの初歩的な複製人格。遠い遠い昔、愛し合い、結婚し、離婚し、そして星間戦争で敵同士となって戦い、ともに死んだ、一組の男女。果てしない時の流れの果てに再び出会い、かみ合わない無意味な会話をただ永遠に繰り返し続ける二人のソフトウェア。どうってことのない話なのに、これが泣ける。オールディスが遠未来を書けば読者は泣かされるの法則。

 というわけで、ある程度SF慣れした読者にとっては「これぞSFの醍醐味」と感じられる、ど真ん中の傑作集です。これまでSFをほとんど読んだことがないという読者にはちょっと荷が重いかも知れませんが、まずは『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』、『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』と順番に読み進めてSFに慣れ、それから本書を手に素晴らしきコアSFの世界へ意識のアップロードを果たして下さい。


[収録作]

『死がふたりをわかつまで』(ジェフリー・A・ランディス)
『技術の結晶』(ロバート・チャールズ・ウィルスン)
『グリーンのクリーム』(マイクル・G・コーニィ)
『キャサリン・ホイール(タルシスの聖女)』(イアン・マクドナルド)
『ローグ・ファーム』(チャールズ・ストロス)
『引き潮』(メアリ・スーン・リー)
『脱ぎ捨てられた男』(ロバート・J・ソウヤー)
『ひまわり』(キャスリン・アン・グーナン)
『スティーヴ・フィーヴァー』(グレッグ・イーガン)
『ウェディング・アルバム』(デイヴィッド・マルセク)
『有意水準の石』(デイヴィッド・ブリン)
『見せかけの命』(ブライアン・W・オールディス)


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