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『SFマガジン2011年1月号 テッド・チャン新作中篇250枚、一挙掲載』 [読書(SF)]

 SFマガジンの2011年1月号は、「テッド・チャン新作中篇250枚、一挙掲載」ということで、今年の7月に発表されたばかりのテッド・チャンの新作中篇『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』を早くも全訳掲載してくれました。

 何しろ新作が紹介されるたびに大騒ぎになるテッド・チャン。しかも今回は「AI(人工知能)の成長」を真正面から取り上げた作品ということで、編集長の鼻息も荒いこと荒いこと。

 「現代SF作家の最前線に立つ、テッド・チャンの本年七月に発表されたばかりの最新作を、全世界の雑誌で初めて全文掲載(中略)、しかも長さはチャン作品最長の250枚」(編集後記より)

 その『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』を読んでみました。

 デジタルペットとして市販された娯楽用AI「ディジエント」たちと、その育成に心血を注ぎ続けるユーザグループのメンバーたちの姿を通じて、AIの成長とはどういうものなのか、AIに対する人間の愛情とはどのようなものなのかを、真剣に追求した作品です。

 能力向上に制約のない学習成長型AIを「幼児なみ」の状態から育ててゆく話はSFによくあるのですが、たいてい途中で自分のコードを書き換え始めたり、仮想空間内で主観時間を加速して何百年分もの経験を積んだり、獲得した能力を互いに複製しあったり、自分たちより優れた次世代AIを設計して人為進化をスタートさせたりして、何だか自律的かつ加速度的に知能が向上してゆき、あっという間に人間のそれを超えてしまうというような展開、いわゆる「シンギュラリティ」に走りがちなんですが。

 さすがにテッド・チャンは一味違います。AIの成長はそのスピードも含めて非常に現実的で、「里親」や他のディジエントたちとの交流を通じて人間と同じく経験を通じて少しずつ成長してゆき、長い歳月をかけてようやく高校生レベルまで育つ、という物語になっています。

 販売元の会社が倒産してサポートが打ち切られたり、プラットフォームが時代遅れになって最新の仮想空間にアクセスできなくなったり、セキュリティホールをついた拉致(プロセスをコピーして盗み、プライベート空間に閉じ込めて児童虐待の対象とする)の脅威にさらされたり。人間の子供を育てるのとは別種の、でも似たような苦労やトラブルは尽きません。

 サポート打ち切りとか互換性とか移植にかかる費用捻出問題とか、ユーザグループが直面する苦難の数々は非常にリアル。どんどん人数が減ってゆき残されたメンバーがマニアックになってゆくのもまたリアルで、ここ四半世紀に渡ってずっと「親指シフトキーボード」を使い続けている私にとっては他人事とは思えませんでしたね。

 「子供」の成長に伴う親の苦労や悩みも生々しく書かれています。道徳や社会常識をどうやって教えこむか。知恵がつくにつれて自己主張が強くなるAIに対して「里親」としてどう付き合ってゆくか。ずっと保護し続けるのと、法人登録して自分のことを自分の責任で決められるようにするのと、どちらが「本人」のためになるのか。

 そして、AI育成に時間と労力をつぎ込むことに対する配偶者や恋人の無理解、家族との不和、社会からの変人扱い。あるある。

 AIと人間のセックスについての真剣な議論も興味深いものがありました。しかし、そこに半裸の幼女(しかも猫耳と尻尾つきアバター)のイラストを入れるというのはどうかと思いますが。

 「この世界で二十年生きてきたことから生まれる常識を植えつけようとすれば、その仕事には二十年かかる。それより短い時間で、それと同等の発見的教授方法をまとめることはできない。経験をアルゴリズム的に圧縮することはできない」(p.83)という本作の結論には、かなりの説得力を感じます。

 というわけで、派手な展開やあっと驚くビジョンを期待すると肩すかしをくらいますが、絵空事には思えない地に足ついた「AIと人間の成長物語」として読みごたえたっぷりの傑作です。本国の読者よりもむしろ、「ラブプラス」や「初音ミク」になじんでいる日本の読者の方がよく理解できる作品ではないでしょうか。


タグ:SFマガジン
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