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『土の科学』(久馬一剛) [読書(サイエンス)]

 「土」は実にありふれた存在であるため、ことさら意識することは稀であるように思われます。ましてや都会に住んでいると、生活はどんどん土から遠ざかってゆきます。というかそのように錯覚してしまいます。だから新聞などで「土壌侵食」、「砂漠化」といった環境問題を目にしても、いま一つ深刻さを感じ取れません。

 これではいかん、ということで本書を読んでみました。専門家が「土」の重要性とその危機的状況について分かりやすく教えてくれる新書です。出版(PHP研究所)は2010年7月。

 全体は9つの章に分かれています。まず「第1章 土とつながるいのち」、「第2章 呼吸する土」、「第3章 土はどうやってできたのだろう」までが基礎知識篇。生物の生存にとっての必須元素は、土から植物を経て生態系に提供されていること。そして生物の死体が土に戻ることで還元されること。こういった物質の循環を支えているのが土なのです。

 また土はただの無機質ではなく、内部に大量の生物を含んでいます。明治神宮の森で得たデータによると、「大人の片足」が地面を踏んだとき、その下にいる生物は「ムカデ1.8匹、ダニ3,280匹、トビムシ479匹、クマムシ12匹、ワラジムシ11匹、線虫74,810匹、ヤスデ0.5匹、ウズムシ48匹、ハエ・アブ幼虫103匹、ヒメミミズ1,845匹」(新書p.51)という膨大な数になるそうで、これに加えて「一グラムの土壌には一億から十億の微生物がいる」(新書p.52)という具合で、土はそれ自体が生態系でもあるわけです。

「世界の土の中の全炭素貯蔵量を計算し直してみると、三兆トンにもなるといわれることがある。このように土壌は、地球の陸地の上では最大の炭素貯蔵場所であって、そこでの炭素の動向は地球の温暖化にも大きな影響を及ぼす」(新書p.56)

「1860年からの100年間に360億トンの炭素が(土壌から)失われたという見積もりがある。近年は熱帯の農地開発などで一年に8億トンという数字も出されており、これは現在の日本の年間、炭酸ガス排出量の二年半分くらいに相当する」(新書p.56)

 要するに、土は「ただそこにある地面」ではなくて、生物に必要な物質を提供し、生物の死体を分解し、地球上の水循環の経路となり、大気との間でガス交換をすることで大気組成の恒常性を支えているのです。うわ、もう土に足を向けて寝られませんね。普通そんな寝方はしませんが。

 続く「第4章 モンスーンアジアの水田とその土」、「第5章 日本の畑の土が水田を広めた?」、飛ばして「第7章 土の中の生きものたち」、「第8章 土を肥やす」、「第9章 土を生かす」では、土と農業との関係を扱います。

 前後しますが、「第6章 いま土が危ない」は本書のクライマックス。まずは土壌侵食による表土の喪失について教えてくれます。土なんていくらでもあるから大丈夫だろう、とか思っていると。

「地球上で1年間にできる土の量は平均してヘクタール当たり1トン足らず(中略)。しかし実際に土地を農業に使っている限り、土の損失をそのレベルに抑えることは不可能であり(中略)、(ヘクタール当たりの)土壌損失量が20トンから30トンにも上るケースが世界中からたくさん報告され(中略)大きな問題となっている」(新書p.126)

 それはちょっと、いやかなりマズいのでは。

 さらに話題は急速に進行する「砂漠化」の恐るべき実態、続いて「土壌塩類化(塩害)」、「重金属による土壌汚染」といった話題へと続いてゆきます。

「塩害によって放棄される灌漑農地の面積は毎年100万ヘクタールに達し、こうして放棄された農地の累計は過去300年間で1億ヘクタールにも上る」(新書p.134)

 何しろ土壌問題の最大の原因は「農作」という人類文明の根幹にあるわけで、他の環境問題のように「開発を禁止して保護区にする」、「自然資源の搾取を止め、観光資源として活用する」といった解決策がありません。つまるところ人口問題と食料問題が解決されない限り土壌の喪失は続き、そして土壌がなくなるや(これまで繰り返されてきた歴史と同じく)「文明の終焉」がやってくるわけです。ただし、今度は全地球規模で。

 地球上の生命が4億年もかけて少しずつ蓄積してきた土壌を、わずか数世代で使い切ってしまおうとしている人類。表土が喪失すれば、まず農作が不可能になり、生態系を支える物質循環が停止し、水の循環も断ち切られ、蓄積されてきた膨大な炭素が放出され、大気の恒常性維持機能が失われる。

「いまやヒトの増殖を食い止めるには、リン酸の枯渇を待つほかに方途はないのかもしれない」(新書p.178)

 著者はさらりとこう書きますが、そこに込められた絶望感や諦念が、読者の胸をぐさりと刺してきます。

 というわけで、「土」に関する基礎知識から、いわゆる土壌問題とは何であり、どしてそれが深刻なのかを理解するための入門書としてお勧めの一冊です。


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