SSブログ

『飢えたピラニアと泳いでみた へんであぶない生きもの紀行』(リチャード・コニフ) [読書(サイエンス)]

 チーターからハチドリ、さらにはシロアリやダニに至るまで、様々な生物(およびその研究者)の想像を絶する生態をユーモアあふれる文章で紹介する科学エッセイ集です。出版(青土社)は2010年8月。

 タイトルは、ナショナル・ジオグラフィックTVの依頼で、著者が水族館で「40匹の飢えたピラニアがいる」水槽に真っ赤な水着を着て入った体験を指しています。番組の狙いはピラニアが伝説と違っておとなしい魚だということを示すことでしたが、念のため著者は専門家に確認してみるのでした。

「その日ダラス水族館でシュレーザーが教えてくれたのは、既知の四十種のうちで一属三種だけが本当に危険なものという点だった。「それで、ここにいるのは?」と私は尋ねた。「これは危険な奴の一つだ」と彼は言った」(単行本p.270)

 また別の自然ドキュメンタリー番組では、蟻塚を撮影するシーンで、著者はこんな仕事に取り組みます。

「そこで私が最初にしなければならなかった仕事は、カメラの前に跪き、手をヒアリの塚に入れて「こんにちは。私はリチャード・ニコフです」と言うことだったのだから。最初に数十回刺されてから、名前がちょっと思い出せなくなってきたので二十回ほど撮り直しになった。カメラの女性が、歪んだ顔に注ぐ日光の美しさを力説し続けていたことも撮り直しの理由だった」(単行本p.175)

 しかし、こんなのは著者が取材した研究者たちの苦労にはとうてい及びません。

「ツンドラ地帯の春は非常に短くしかも突然やってくるので、雪解けと共に冬眠状態にあった蚊の卵がほとんど全部同時に羽化するのだ、と彼は続けた。冬が再びやってくる前に、蚊の大群は約二十分間で交尾し、獲物を見つけて血を吸い、産卵しなければならない。あるとき、そのような群れの中にじっと座って一分間に9000ヶ所刺されたことを報告したカナダの研究者がいた。「あのカナダ人たちは楽しみ方を知っているよ」」(単行本p.71)

「この大型のアリは刺されると「弾丸が体に入ったような感じ」がすることからこのように呼ばれるのだと彼は話す。彼自身はブラジルで巣を掘り出している時にその経験をした。(中略)その体験を充分に味わうために彼が座ったときに、刺された手が震え始めた。(中略)「それ以外のことは純然たる極度の痛みに過ぎなかった」。数分後には掘るのを再開して、さらに三回刺された」(単行本p.97)

「生態系としての自分の能力に好奇心を持ったハーヴァード大学の生物学の学生が自分の皮膚の中でウマバエを六週間育てた。最後に体長2.5センチメートルに成長して蛹化の準備がととのった幼虫は、フェンウェイバークで行われたレッドソックス対ヤンキーズの試合を外野席で観戦していた彼の頭皮から出現し始めた。ソックスが負けた。そして生物学者が英雄的努力で救おうとしたにもかかわらず、ウマバエは死んでしまった」(単行本p.292)

 素晴らしきフィールドワークの世界にようこそ。

 本書には野外で研究を続け、生態系の保護に尽力し、自分の家庭生活(や健康)を犠牲にすることを意に介さない情熱的な研究者が次々と登場します。最初は驚き呆れながら読んでいるうちに、次第に彼らの生き方が羨ましく感じられてくることでしょう(きませんか?)。そんな彼らが尋常でない愛を込めて紹介してくれるのは、様々な生物の驚くべき生態です。

 リカオン(アフリカ大陸に棲息するオオカミ)が仲間に対して非常に優しく思いやりがあること。チーターの遺伝的多様性は極めて乏しく「一匹のチーターの皮膚を別のチーターに移植しても免疫反応が生じない」こと。地球上にいる人間一人あたり約450キログラムのシロアリが存在すること。ハチドリが生きるためには一日に1000個の花を見つけて自分の体重の二倍の蜜を吸わなければならないこと。

 リカオン、クモ、キツネザル、蚊、カブトガニ、蜂、蟻、チーター、シロアリ、ヒヒ、ハチドリ、チンパンジー、フンコロガシ、カミツキガメ、クラゲ、ピラニア、ダニ。おなじみだと思っていた生物が本書で見せてくれる途方もない姿には、びっくり仰天するとともに、知識好奇心が激しくかき立てられます。

 それに加えて、カブトガニやチーターの章などで、現場にいる研究者の目を通して環境保護運動が抱えている様々な矛盾や葛藤に深く切り込んでゆくのも読み所。自然ドキュメンタリー番組における「やらせ」問題とか、当事者ならではの話題も豊富です。

 文章は知的でユーモラス。まるで冒険小説のようなシーンも多く、ページをめくる手が止まりません。対象となる生物に関する話もむろん素晴らしいのですが、アフリカで、マダガスカルで、コスタリカで、深海で、そして自宅の裏庭で、研究者たちが実際に何をやっているのかという話が印象的、というか驚異的です。

 というわけで猛烈に面白い一冊。自然ドキュメンタリー番組が好きな方、「へんないきもの」系の雑学エッセイが好きな方、秘境探検に憧れている方、とにかく面白い科学エッセイを読みたい方など、どなたにでも熱烈推薦いたします。とにかく読んでおくべきですよ。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0