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『夢の遠近法 山尾悠子初期作品選』(山尾悠子) [読書(小説・詩)]

 山尾悠子さんのデビューから休筆まで約十年間(昭和50年代)に発表された作品から著者自らがセレクトした傑作選です。単行本出版(国書刊行会)は2010年10月。

 著者の初期作品は同じく国書刊行会から出版されている『山尾悠子作品集成』にまとめられていますが、そちらはかなり分厚く高価な書物なので、手を出すのをためらう人も多いでしょう、というかそれは私のことですが。

 その点、本書はそこからさらにセレクトした「軽量版」であり、気になるお値段もそれなりに手頃。お買い得かと存じます。まあ、既に『集成』を持っている愛読者に再び購入して頂こうというのが出版社の狙いでしょうけど。単行本未収録エッセイも付いてますし。

 書名は『夢の遠近法』となっていますが、そういうタイトルの作品は収録されていません。おそらく代表作『夢の棲む街』と『遠近法』を合わせたものと思われます。

 夢喰い虫、薔薇色の脚、鳥籠の中の侏儒、地下室の人魚、超スローモーションで死につつある女、街を埋めつくす羽根。一度読んだら忘れることが出来ないであろう奇怪でおぞましく、そして蠱惑的なイメージが、奔流のように流れ出してくる“異形の京都”を創出してのけた『夢の棲む街』。

 上に、下に、それぞれ消失点まで無限に伸びている円筒型宇宙。合わせ鏡に閉じ込められたような循環型巨大建造物の眺望。その中央吹き抜けを機械仕掛けのように運行してゆく巨大な「太陽」や「月」の驚異。目が眩むような奇景をひたすら描写した驚くべき傑作『遠近法』。

 確かに、この二作は飛び抜けて印象的です。とりあえずこの二作を読んでみて、どちらも気に入らなければ、たぶん山尾悠子さんの作品は好みにあわないのでしょう。

 『月蝕』は、親戚の女の子を預かるはめになった大学生が、京都のあちこちを引っ張り回される話。この作者にしては珍しく現実の京都を舞台にしており、実在する地名や店名などが頻出します。幻想味はやや薄いのですが、個人的に好きな作品です。

 その他、志怪小説(中国古典怪異譚)と西洋怪談を融合させたショートショート数篇から構成される『童話・支那風小夜曲集』、空気中や水中を漂う目に見えない不可解な生物の様態を緻密に描いた『透明族に関するエスキス』、合わせ鏡に閉じ込められるイメージとドッペルゲンガーを重ねてみせた『私はその男にハンザ街で出会った』などが気に入りました。

 付録のエッセイでは、もしも『アウトサイダー』(H・P・ラブクラフト)の主人公が「彼女」だったらいかなることになっていたであろうか、という本歌取り作品『ラヴクラフトとその偽作集団』が面白いと思いました。

 匂うような奇怪な幻想イメージ、異次元のアーキテクチャに基づいて細部まで緻密に構築された巨大建造物のような異世界、月や水や風といったありふれた事象から強烈な未視感を引き出して見せる筆致など、息の長い熱心なファンがいるのもよく分かる魅力的な作風です。個人的には肌に合わない感触もあるのですが、これだけ熱のこもった幻想小説はそうそう読めるものでもなく、他の初期作品も再読してみようかなと思案中です。

[収録作]

『夢の棲む街』
『月蝕』
『ムーンゲイト』
『遠近法』
『童話・支那風小夜曲集』
『透明族に関するエスキス』
『私はその男にハンザ街で出会った』
『傳説』
『月齢』
『眠れる美女』
『天使論』

自作解説

付録「山尾悠子エッセー抄*夢の遠近法 栞」

『人形の棲処』
『領春館の話』
『チキン嬢の家』
『ラヴクラフトとその偽作集団』


タグ:山尾悠子
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