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『完全版 最後のユニコーン』(ピーター・S・ビーグル) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 『SFが読みたい!2010年版』においてベストSF2009海外篇第二十位に選ばれた名作ファンタジーの新訳と、37年ぶりに発表されヒューゴー賞・ネビュラ賞のダブルクラウンに輝いた続編『ふたつの心臓』を合わせた完全版。単行本(学習研究社)出版は2009年7月です。

 ル=グウィン『影との戦い』(『ゲド戦記』第一部)と同じ1968年に発表された伝説的なファンタジー作品です。

 あるとき同族が誰もいなくなっていることに気付いた一頭のユニコーン。自分がこの世で最後のユニコーンなのではないかという不安にかられた彼女は、仲間を探すために旅に出る。どうやらユニコーン達は、「赤い牡牛」と呼ばれる怪物に追われ、ある城に囚われているらしい。

 旅の途中で知り合った魔法使い(ただし魔法は使えません)、乙女(ただし二十年前は)と共に、城へ向かうユニコーン一行。そのころ城では、いつか魔王を倒し世界を救うだろうと予言された一人の王子が、勇者としてすくすくと成長しつつあった。

 というわけで、あまりにも定番的な設定に気恥ずかしくなったのか、作者は随所に王道的ファンタジーからのちょっとした「逸脱」を仕掛けています。『A列車で行こう』を歌う蝶、レコードを出してヒットを飛ばすのが夢という山賊頭、自分たちがあまりにも脇役っぽいので物語の主役が登場するのを待っている魔法使い。

 極めつけは、今の生活に満足している村人たちが、予言の成就を防ぐべく、「勇者になる前に王子を暗殺して、魔王を守ってほしい」と旅の一行に頼み込むシーンでしょう。

 演劇の途中で、それまでとうとうと大仰なセリフを唱えていた登場人物が、ふと役者に戻って、脚本家や演出家に対する辛辣な意見を口にして、それから何事もなかったかのように芝居を続ける、という演出がありますが、あれを思わせるような「くすぐり」が、特に前半に頻出します。

 しかしながら、後半、一行が城に到着してからは、「逸脱」は影を潜め、堂々たる王道ファンタジー的展開になります。「赤い牡牛」との二度に渡る対決。プリンセスに対する王子の求愛。魔法使いにやってくる目覚めの瞬間。崩れ去る城。そして大地を駈けゆく解放されたユニコーンの大群。

 37年後に発表された続編『ふたつの心臓』では、律儀なことに、作中でも37年の時間が流れているようです。

 かつての王子も今やよぼよぼ、半分ボケがきた老王となっている。そこにやってきた一人の少女が、自分の村がグリフィンに襲われているので助けてほしいと頼みこむ。やたらはりきって、年寄りの何やらで自ら怪物退治に出かける老王。

 死闘の末、見事グリフィンの心臓を刺し貫いた、と思ったものの、実はグリフィンにはふたつの心臓があるのだった。致命的な反撃を受けて地に倒れ伏す老王。もはやこれまでか。いや待て。彼方から走り来るあのひずめの音は。その白き姿は。そう、あれこそは、連邦の白いユニコーン・ガンダ・・・違う。

 少女の視点から書かれた本作は、いかにも若書きめいた『最後のユニコーン』と違って、さすがに円熟した筆の運び。短いながらびしっと決めてくれて、またヒロインとなる少女の健気さも印象的で、読みごたえがあります。この短篇は、執筆中という『最後のユニコーン』の続編長篇のプロローグに当たるそうで、いかにもそれっぽい終わり方をしています。個人的には、本編よりもこちらの方が好き。

 というわけで、早川ファンタジー文庫で既読の方も、『ふたつの心臓』を目当てにこの「完全版」を購入する価値があると思いますよ。もしかしたら今世紀中に続編長篇が発表されないとも限りませんし、心の準備はしておいた方がいいでしょう。


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