SSブログ

『宇宙の未解明問題』(リチャード・ハモンド) [読書(サイエンス)]

 宇宙論における未解決の問題について、一般向けに解説してくれる一冊。ブルーバックス(講談社)の出版は2010年6月です。

 理論物理学者が書いた本なので、一般向けとは言っても内容にかなりの歯ごたえがあります。特に4章以降は、それなりに「場の量子論」の数学的基礎が分かってないと理解は難しそう。もちろん「雰囲気だけつかめればいいや」と割り切って面倒なところは読みとばしても楽しめます。というか私はそうしました。

 全体は10章に分かれており、話題は宇宙論から素粒子論へと展開してゆく構成になっています。まず「第1章 加速する宇宙」では、宇宙の膨張速度が増大しているというショッキングな観測結果から、暗黒エネルギー(ダークエネルギー)の存在が議論されていることが解説されます。

 続く「第2章 暗黒物質の正体」では、銀河の回転速度分布が(ニュートン力学に従ってないように見えるという意味で)異常であることから提唱された暗黒物質(ダークマター)についての解説。銀河内質量の90パーセント近くが正体不明の暗黒物質だと考えられている、という驚くべき事実へと読者を導きます。

 「第3章 宇宙線の謎」では、いわゆる「超高エネルギー宇宙線」の謎を扱います。地球から観測される宇宙線のエネルギーには理論的上限(GZK 限界)があるにも関わらず、それを超えるエネルギーを持つ宇宙線が観測されている。誰にもその理由が分からないわけで、暗黒エネルギーや暗黒物質に比べると地味ですが、実に魅力的な謎だと思います。

 「第4章 無限量の不思議」は、場の量子論で多用される、無限量への発散を防ぐための「くりこみ」という数学的操作についての解説です。これ自体はたぶん謎ではありませんが、続く章を理解するための基礎の一つとなります。

 「第5章 ヒッグス粒子は存在するか」は本書のハイライトと言えるでしょう。大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の最大の目標はヒッグス粒子の発見です。これが見つかればあらゆる素粒子の質量を生み出すメカニズム(ヒッグス機構)に関する理論が正しいことが確認されるし、逆に発見されなければ標準理論全体がアウトという、まさに人類の英知が試される実験です。この章は、素粒子論のなかでヒッグス粒子が果たしている役割について解説してくれます。

 「第6章 量子重力の難題」は、重力量子論という最難関への挑戦について語られます。ちょっと引用しておくと

「大学院に入った年の夏、ぼくは指導教官に資格試験のための勉強をしろといわれた。(中略)試験は受けるけれども、まず重力場を量子化したいとぼくは申しでた」(p.134)

 自信過剰で生意気で向こう見ずな大学院生らしいエピソードですが、実際には重力場の量子化は極めて難しい問題で、いまだに解決されていません。この章は、それがなぜ難しいのかを、まさに専門家が解説してくれます。

 「第7章 ワームホールは存在するか」は、遠隔地の領域をつなぐ歪曲空間であるアインシュタイン・ローゼン橋、通称「ワームホール」の数学的基盤についての解説。「第8章 ひも理論の予言」は、相対性理論と量子力学の統合を目指すいわゆるスーパーストリング理論についての解説。「第9章 宇宙の起源」は、ビッグバンの瞬間(特異点)をめぐる議論を紹介し、最後の「第10章 ミステリーノ」では、未知の素粒子、負の質量、重力波の検出、そしてパイオニア10号の軌道異常に至るまで、様々な未解決の謎を横断的に紹介して終わります。

 通読すると、何しろ空間(場)、宇宙、質量、重力といった基本的なところで未解明の謎があまりにも多いことに驚き、「実は私たちは何も分かっちゃいないのでは・・・」という不安すら覚えますが、それはおそらく良いことでしょう。

「物理学の最大の成果の一つは、こんな難題について考えをめぐらすことができるようになってきたことだ」(p.8)

という著者の言葉の通り、こうした「謎」の存在は、理論と観測の両方が発展したからこそ見つかったのです。素粒子から宇宙まで、ビッグバンから加速膨張まで、時間と空間の極限や存在の根源を「問える」ところまでついに人類はやってきたのだ、という感銘を受けました。

 前述の通り、一般向けとしては内容的にやや難しい上に、著者のジョークというかユーモアがすべり気味なのが痛いのですが、理論物理の最先端で何が議論されているのか、その概要あるいは雰囲気を味わいたい方にはお勧めです。大学で場の量子論をきちんと学んだ方はより楽しめることでしょう。ああ、うらやましい。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0