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『トロイメライ』(池上永一) [読書(小説・詩)]

 沖縄の民間伝承や宗教観を題材にとった魅力的なファンタジーと、過剰(やりすぎ)感あふれるハイテンションSF、これまでの2つの作風が合流した琉球王国ファンタジー大作『テンペスト』。その文庫版の刊行開始に合わせて登場した、姉妹編ともいうべき連作短篇集です。出版は2010年8月。

 時代背景や舞台設定は『テンペスト』と同じですが、今作では王宮ではなく、そのふもとに広がる那覇の街に焦点が当てられ、そこで暮らす庶民の生活や喜怒哀楽を描く人情噺となっています。全六話で構成されており、各話に一人づつ『テンペスト』の登場人物がゲスト出演する、という読者サービス付き。

 主人公は新米の岡っ引(というか琉球なので筑佐事)で、まあ琉球を舞台とした捕物帳だと思って下さい。毎回、那覇の街で事件やら揉め事やらが持ち上がり、主人公があたふた駆け回って下手人を追ったり、ときには王宮から政治的圧力がかかったり、法と正義あるいは人情との間で板挟みになったり。

 もっとも後半になるにつれて、捕物帳のフォーマットはなあなあになってゆきます。何しろここは、天地を轟かせる絶世の美女だの、悪を叩き庶民を救う謎の怪傑黒頭巾だの、それこそ『テンペスト』級のやりすぎキャラが普通に出てくる池上ファンタジー界。『テンペスト』が時代小説から逸脱したのと同様に、『トロイメライ』も捕物帳から逸脱してゆきます。

 読み所は捕物帳の部分というより、むしろ琉球民謡、琉球舞踊、そして琉球料理でしょう。例えば、毎回異なる琉球料理(調理シーン付き)が出てくるのですが、その描写がものすごく美味しそうで、読んでいるだけで猛烈に喰ってみたくなります。さらに琉球の美しい風景、風や波の音を背景とした民謡(歌詞付き)と踊りが加わって、タイトル通り読者を夢見心地に誘うのです。

 というわけで、単独で読んでも問題ない独立した短篇集ですが、読者サービス含め『テンペスト』を先に読んでおいた方が楽しめるでしょう。話として完結してはいないので、もしかしたら続編が書かれるかも知れません。期待したいと思います。


タグ:池上永一
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