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『パラダイス』(トニ・モリスン) [読書(小説・詩)]

 米国のノーベル文学賞作家トニ・モリスンの作品を、なるべく原著の発表順に読んでゆくシリーズ“トニ・モリスンを読む!”。今回は彼女の第七長篇を読んでみました。原著の出版は1998年。単行本の出版は1999年2月、私が読んだ文庫版の出版は2010年6月です。

 銃で武装した九人の男たちが、町外れにある修道院を襲撃し、そこにいる女たちを皆殺しにしようとする。比較的ゆっくりとした導入部で始まることが多かったこれまでの作品とは違い、本書は最初のシーンからいきなり衝撃的。既に娘が一人撃たれて倒れており、これが比喩や誇張ではなく、本当の殺戮劇が始まっているのだ、ということが明らかにされます。

 なぜ、どうして、誰を、誰が。読者の疑問は宙ぶらりんにされたまま、いやおうなしに続くサスペンスシーン。修道院内を探索する襲撃者たち。必死に逃げる女たちの疾走がスローモーションになり、その背中に銃の照準が向けられる。ここで第一章が終了。ほとんどサスペンス映画のような、読者の心をつかんで離さない力強い導入です。

 続く章では、この惨劇に至るまでの経緯が語られてゆきます。舞台は人里離れた場所に孤立した閉鎖的な黒人コミュニティ。その創設から現代に至るまでの各家三代に渡る物語が次々と展開するのです。

 個々のプロットそのものはいわゆるソープオペラ。若い男女のいさかい(妊娠告知、痴話喧嘩、平手打ち)、不倫と三角関係(夫の愛人と本妻との間に芽生える奇妙な友情)、恋人の浮気(しかも相手は実母)、ロードムービー(車を盗んで夫と警察からひたすら逃走し続ける女)、などなど。

 話は典型的なソープオペラでも、これがトニ・モリスンの手にかかると神話的色彩を帯びてくるのに驚かされます。そして次第に浮き彫りにされてゆく、差別意識に基づいた対立構造。白人による黒人差別は本作では遠い背景となり、ここで中心となるのは、肌の色の濃淡による黒人間の対立、女性に対する抑圧、世代間の対立、保守とリベラルの思想的対立、宗派間の確執など。

 白人からはもちろん、黒人からも排斥された人々が創り上げた小さな町。虐げられ誇りを傷つけられた人々を救う楽園であったはずのコミュニティが、様々な対立によりゆっくりと崩壊してゆきます。そう、これは楽園追放と原罪の物語でもあります。

 保守的な男たちは、全ての原因を町外れの修道院に住み着いた「自堕落な女たち」に押しつけ、彼女たちを排除しさえすれば、昔のようなパラダイスを取り戻せる、と信じるに至ります。というか、本音では、気に入らない(自分たちの支配下にない)女たちを脅して追い出してやれ、くらいの気持ちで、ロクな当事者意識もなしに襲撃に走ります。これが惨劇を生むのです。

 虐げられた人々がより弱い立場の人々を迫害し、当事者意識の欠如により事態がエスカレートしてコントロール出来なくなる。いつでも、どこでも、人間が繰り返してきた悲劇です。

 そして、ついにストーリーは最初の襲撃シーンに到達するのですが、今や読者は修道院に逃れてきた女たちがどのような人間であり、どのような事情でそこにいて、どのように生活しているのか、その各人の物語を知り、強く感情移入しています。彼女たちの運命は極めて切実なものに感じられます。そして・・・。

 通俗的メロドラマが神話へと上昇してゆき、ついに最終ページで「パラダイス」に至る、そのラスト20ページはとにかくぼろぼろ泣けます。

 文庫判で600ページ近い分量。150人を超える登場人物。実際的レベルでも、神話的象徴のレベルでも、完全に読み解くのは困難なほどに複雑に入り組んだ構造。時系列順に物語を説明するのではなく、パズルの断片を少しずつ提示するようにして読者に主体的に物語を組み立てさせる、そんな緻密で高度な語りの技法。それでいて、映画かTVドラマを観ているかのように、はらはらどきどきしながら気楽に読み進めても問題なく楽しめる、小説としての面白さ。

 さすがトニ・モリスンの代表作と言われるだけのことはある大作です。

 なお、文庫版では付録として「九家族家系図」として、主要なファミリーの家系図が掲載されています。これは複雑な家族関係を理解する上でとても助けになります。それもあって、これから読む方は、単行本よりも文庫判の方をお勧めします。

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