『日本人が知らない世界のすし』（福江誠）

　日本食の代表とされている「寿司」。海外ではスシがどのような形で広まっているのか。寿司の国際化を支える寿司職人や日本食店経営者は海外でどのように働いているのか。タイトル通り「日本人が知らない」、世界に広まった国際食としてのスシの今を見せてくれる一冊です。出版は2010年8月。

　数年前でしたか。農林水産省がぶち上げた「海外日本食レストラン認証事業」構想というのがありました。海外の日本食レストランで出されている「日本食」の多くが、本物とはかけ離れた“なんちゃって日本食”であることに憤った方々が、「正しい」日本食を出すレストランを認証する、というのです。何だか、むやみとリキが入っています。

　米国から「スシポリス」と揶揄されたり、まあ色々あったのでしょう、「認証事業」だったのがいつしか「推奨計画」へとずいぶんまたトーンダウンして、それからどうなったのか。残念ながら私はよく知りません。

　このように「正しい日本食でないものを日本食と称して出すのは許せない。国辱だ。世界中どこでもスシは本物の寿司でなければならないのだ」とリキんでしまう方々なら、見ただけで「なんじゃこりゃあぁぁ！」と叫んで憤死するような海外のスシ写真の数々が、本書の冒頭をカラフルに彩っています。

　アボカド巻の最終進化形のような「イモムシ巻」（米国）、バナナを丸ごと巻いてチョコレートソースをかけた「モンキー巻」（ブラジル）、パン粉をつけて油で揚げた「ホット巻」（ポルトガル）、照り焼きチキン＆アボカドのネタに甘辛ソース「手巻き」（オーストラリア）、たっぷり載せたキャビアの上からかけるラズベリーソースが決め手「ゴールデンカリフォルニア」（ポーランド）など。

　もはや「正しい日本食ではない」などと言うほうが野暮。先入観を捨てて眺めるうちに、だんだんと「カラフルで楽しそう」、「むしろうまそう」、「ていうか喰ってみたい」という気分になってきます。これもまあスシということでOKかな、とか。

　「こうしたローカル化した寿司に対して、いいイメージを持たない日本人もいるが、国際化が進む流れの中では自然な現象であると言えるだろう。（中略）これらは、その土地の人々が築き上げた食文化から生まれた「ローカルの寿司」と言うべきものだ」（p26, p30）

　「私自身は、世界に広がったロール寿司や変わり寿司を「エセ」とも「ニセ」とも思わない。これらは現地に根づいたローカル寿司であり、正統派の日本の寿司とは違うものの、世界に広がる寿司の一つだと考えている」（p.30）

　東京すしアカデミー校長である著者は、国際化する寿司を肯定的にとらえています。でも、さすがにパン粉をつけて揚げる「ホット・ロール」については、「もはや“変わり寿司”というより、単なる揚げ物ではないか」（p.32）とやや腰が引けてしまうのが可笑しい。

　本書の前半では、世界各国における日本食や日本文化の受容と浸透の様子が明らかにされます。世界中で、寿司をはじめとする日本食がどれほど広まっており人気があるか、それに伴い日本文化への興味がいかに高まっているか。日本人が知らないうちに、何だかすごいことになってますよ、この星。

　後半は、海外に住んで、寿司を仕事にしている日本人へのインタビューがぎっしり。包丁一本持って海を渡った寿司職人から、現地で和食レストランを立ち上げて成功した経営者まで、それぞれが動機や経緯、苦労など詳しく語ってくれます。よく考えたら、本書は日経プレミアシリーズの一冊。すなわちビジネス書であって、決して単なる寿司ネタ本ではないのでした。

　日本人であることを活かして海外で成功した人々の事例は、これから社会へ出てゆこうとする若者たちや、人生の転機をむかえた人々を勇気づけてくれることでしょう。日本が不景気で希望がないのなら、思い切って海外に飛び出して「本物の日本人」であることを武器にビジネスを始める、という人々はこれから増えてゆくに違いありません。

　というわけで、海外でしたたかに力強く生きる日本人や、日本文化の国際化を目指して頑張る人々の姿を通じて、今後の日本が選ぶべき道や国際競争力の源について考察するための一冊、でありながら、何しろ海外スシのインパクトが大きすぎて「世界各国の“変わり寿司”を食わせてくれるレストラン、出来ればチェーン店が日本にあればいいのに」という感想しか浮かんでこないのですが、これ、どなたかビジネスとして立ち上げてみませんか。

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