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『ニワトリ 愛を独り占めにした鳥』(遠藤秀紀) [読書(サイエンス)]

 食料源としてのニワトリ。生物種としてのニワトリ。愛玩動物としてのニワトリ。世界中どこでも飼育され、あらゆる文化圏で食されているニワトリについて、あの名著『人体 失敗の進化史』の遠藤秀紀さんが大いに語ってくれる一冊。出版は2010年2月です。

 まず、現代畜産業の現場におけるニワトリ関連の数字に驚かされます。

 地球上にいるニワトリの数は、ざっと110億羽。第二位のアヒル(6億羽)と比べても圧倒的な繁栄種であることが分かります。日本国内で食肉として処理されるニワトリは、実に年間6億羽、重さにして170万トン。日本国内で生産される鶏卵は年間250万トン。目が眩みそうな数字です。

 数だけではありません。これだけニワトリが繁栄しているのは、人間の手によって徹底的に手を加えられ、畜産業に求められる厳しい水準を満たす驚くべき家禽へと変貌を遂げたからです。それがどんなものかというと。

 食肉用ニワトリ、すなわちブロイラーは誕生後わずか50日で食肉として出荷される。「この体重増加の数字は、鳥たるものの成長カーブを完全に逸脱している。まるでドブネズミのような、短い生涯を駆け抜けるタイプの動物に見られる急激な成長だ」(p.53)

 鶏卵用ニワトリについては、重さ60グラムに達する鶏卵を年間290個も生み、しかも生後150日で産卵を開始し、500日過ぎまで産卵量を維持する。「これはもう、鳥の域を超えている。精巧に作られた“卵製造マシン”だ」(p.157)

 高度資本主義社会における畜産業では、肉なら徹底的に肉だけを、卵なら卵だけを、それ専門に生み出す高性能機械のようなニワトリが担当しています。そうでないとコスト的に成り立たないのです。だから、「卵を生まなくなったニワトリを絞めて鶏肉にする」などいった悠長なことは許されず、卵を生まなくなった鶏卵用ニワトリは、単に「廃棄物」として処理されるのです。そんな事実を目の当たりにすると、何となく背中に嫌な汗が流れてきます。

 読者がちょっとショックを受けたところで、後半は「ニワトリに注がれた人間の愛と欲の歴史」に目を向け、世界中でどのようなニワトリが作られてきたのか、そんなことをやった人間の心のエネルギーとはどのようなものなのか、という話に進みます。そのバラエティの広さたるや。

 闘鶏用の巨大ニワトリ。鳴き声を20秒以上も続ける鳴き声鑑賞用ニワトリ。羽毛の部分だけで10メートルを超えるという常軌を逸した尾羽の長さを誇るニワトリ。逆に尾を骨ごとなくした奇妙なシルエットのニワトリ。掌に乗るくらいのちんまりとした様々な美しい色合いのコレクション用ニワトリ。

 日本を含め世界中の人間が思う存分に発揮してきたニワトリ育成熱の凄まじさたるや、もはや圧倒される他はありません。むしろ、うっすらとした狂気すら感じさせるのですが、それが愛というものなのでしょう。

 「ニワトリは金のためだけに人間に飼われているのではけっしてない。経済とは無関係でも、心のどこかで人に愛され、また人を幸せにしてきたからこそ、世に数百ものニワトリ品種が成立してきたのだと考えることができる」(p.188)

 こうして読んでくると、「愛を独り占めにした鳥」というタイトルが少しも大げさなものには感じられなくなってきます。著者が訴えるニワトリ研究の意義についても素直に受け取ることが出来ます。

 「学者も学問も、資本主義を勝ち負けと拝金でしか受容できない為政者ごときに、滅ぼされはしない。不滅のニワトリ研究は、ときどきニワトリと人間の新しい関係を軽やかに提示して、また答のない旅を続ける。ニワトリとは、人間にとってそもそもそういう相手なのだ」(p.66)

 これを見ても分かる通り、ちょっと文章が熱すぎるというか、気合が入りすぎて意味不明になっているところも多いのですが、この著者の場合、そこが何とも言えない魅力になっています。『人体 失敗の進化史』を読んで感銘を受け、人間という生物種の印象ががらりと変わってしまった方、その人間が最も愛した鳥の本当の姿を本書で確かめてみることをお勧めします。


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