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『イタヤカエデはなぜ自ら幹を枯らすのか -樹木の個性と生き残り戦略』(渡辺 一夫) [読書(サイエンス)]

 日本でごく普通に見かける樹木のガイドブックです。副題にある通り、それぞれの植物種について、その特徴を、生存戦略、繁殖戦略という観点から解説するところが特徴。単行本出版は2009年10月です。

 全体は、「第1章 暖温帯(常緑樹)」、「第2章 暖温帯(落葉樹)」、「第3章 中間温帯・冷温帯」、「第4章 亜高山帯・高山帯」というように、気候帯と植生によって分けられ、全部で36種の樹木が掲載されています。

 モノクロながら豊富に収録されている写真により「ああ、あの木だ」と分かるようになっています。基本的には、山歩きの植物観察ガイドブックとして書かれた一冊でしょう。

 しかし、単なるガイドブックだと思って読むと、これが驚きの連続。

 例えば、深い森の中で暗い地面に落ちた種子がずっと休眠を続け、直射日光(他の植物の葉を通過してない光)を検知したら発芽するミズキ。嵐や山火事などで他の植物が倒れたとき、その隙間(ギャップ)にいち早く進出して日当たりのよい場所を確保してしまおうという作戦なのです。

 オニグルミの若木は、十年で10メートルというハイスピードで成長し、しかも他の植物の生育を妨げる妨害物質を放出することで、自分の樹冠の下ではライバル達が成長できないよう頭を抑えてしまう。洪水や土砂崩れが起きたとき、いち早くそこに進出して真っ先に背を高くして、競合相手を妨害して追いつかれないようにする、という戦略。

 あるいは、巧妙な繁殖戦略。コバチの幼虫を育てることで確実な受粉を狙うイヌビワは、コバチ繁殖用の実と、種子作成用の実をきちんと分けており、間違って種子用の実に産卵しようとしたコバチを殺してしまう。

 トチノキは、花粉を運ぶ昆虫の「採用試験」として、蜜を出す直前に花弁マーカーをこっそり変えてしまう。この変化に適応したハナバチは正しい(蜜の出る)花を見つけることが出来るが、他の虫は蜜の出ないダミーの花に誘導される。

 生存に不利な環境、悪条件を逆用してしたたかに生きている種もあります。降雪の圧力に耐えるだけでなく、雪を利用して繁殖するユキツバキ。河原や斜面など土壌が不安定な場所に適応し、倒れることを前提に普段からたくさんの萌芽枝を出しておくフサザクラ。幹が倒れると素早く萌芽枝を伸ばして復活するのだそうです。このとき倒れた幹から栄養分を回収して萌芽枝に回すというから徹底しています。

 そして、環境に対して柔軟に対応、というより変幻自在に姿を変えるダケカンバ。まっすぐ伸びた高木になったり、背丈を小さくして幹を太くしたり、根元から幹を枝分かれさせたり、地面を這うような形になったり、環境に対して最も有利な樹形をとることで生き延びてきた樹木なのです。

 植物がどれほど激しく、えげつなく、熾烈な生存競争を繰り広げているか。生き残りと繁殖のためにどれほどバラエティ豊かな戦略を編み出してきたか。36種の解説から見えてくるのは、この畏怖の念を呼び起こす事実です。

 というわけで、もちろん山歩きガイドブックとしても有用ですが、植物という我々とは異なる進化を遂げた生物種についての再入門書としても優れた、驚きに満ちた一冊です。時を超越したように静かにたたずんでいる大木も、河原に生えている小柄な木々も、可愛らしい花を咲かせる樹木も、本書を読んだ後では、これまでとは違った印象を与えてくれるに違いありません。


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