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『ベガーズ・イン・スペイン』(ナンシー・クレス) [読書(SF)]

 『SFが読みたい!2010年版』において、ベストSF2009海外篇第六位に選ばれたナンシー・クレスの短篇集。文庫版出版は2009年 3月です。

 既に日本オリジナル短篇集第二弾『アードマン連結体』が出ているナンシー・クレスですが、やたらと評判が良いようなので、遅ればせながら最初に出た短篇集を読んでみました。

 さすが短篇の名手と言われるだけのことはあって、いずれも読みごたえのある作品ばかりです。新しく登場したテクノロジーが社会や個人に与える影響について考察するという、ある意味でSFの王道とも言うべき作風ですが、善悪やら幸不幸やらといった単純な結論やオチに逃げず、入念にねられた真剣な問題提起により読者を切実に考え込ませる腕前は大したもの。

 まず、個人的に最も気に入ったのは『ダンシング・オン・エア』で、これはバイオテクノロジーの発展による身体能力強化が可能となった近未来を舞台に、バレエダンサーや関係者の葛藤を描く作品。

 もともとバレエダンサーという人々は、ごく短期間しか続かない栄光(をつかむごくごくわずかな可能性)のために、人生の全てを犠牲にして身体改造に取り組んでいるわけですが、それがテクノロジーの力で達成できるとしたら。さらにそのテクノロジーには危険な副作用のリスクがあるとしたら。

 NCB(ニューヨーク・シティ・バレエ)のプリンシパルとその母親、バレエダンサー志望の娘とその母親、二組の母娘の対立と葛藤を軸に、遺伝的に能力強化された番犬などのキャラクターをうまく配置して、遺伝子改造の倫理が切実な問題として読者に提示されます。タイトルが「驚異的な跳躍力のダンサー」という意味にも、「絞首刑」という意味にもとれるところが巧い。

 同じく遺伝子操作により睡眠を必要としない「スリープレス」(無睡人)が次々と誕生している近未来を舞台に、普通人よりも優れたスリープレスたちが受ける激しい嫉妬と憎悪、社会的軋轢を描いた表題作『ベガーズ・イン・スペイン』およびその姉妹篇である『眠る犬』も素晴らしい。

 いわゆる「新人類テーマ」ですが、「大衆から迫害される優れた超能力者」みたいな安易で古くさいストーリー(というか若きSF者の学校内での位置づけを投影した願望充足小説)にはならず、社会格差、差別と是正処置(アファーマティブ・アクション)、個人の自由と社会的平等、リバタリアニズム(自由至上主義)、など今日の社会的問題をからめてゆく展開になるところはさすが。

 個人的には、スリープレスの裕福な女性を主人公とした『ベガーズ・イン・スペイン』よりも、普通人の貧しい女性を主人公とした『眠る犬』の方に感銘を受けました。

 他に、異星人の社会特性に関するあっと驚く一発ネタが印象的な『戦争と芸術』、記憶と現実とアイデンティティの関係性をめぐる物語『密告者』および『想い出に祈りを』といった作品でも、個人の問題(特に家族内の葛藤)と社会問題を結びつける手法で書かれていて好感が持てます。

 そして、何といっても記憶に残るのは『ケイシーの帝国』。SF作家志望の主人公が、SFファンであることを公言したせいで大学は卒業できず、バイトも続かず、恋人にはふられ、両親からは真面目に職に就けと諭され、どんどん貧しくなって、もう人生負け犬一直線。それでも大丈夫。いつかUFOがやってきてボクをここから連れ出し、銀河帝国へ連れて行ってくれるに違いないんだ。

 いわゆる「ビーム・ミー・アップ、スコッティ」テーマというか、まあ痛SFですね。しかも苦いハッピーエンドがまた痛烈な皮肉に満ちていて、ほとんどのSF者が何らかの形で身に覚えのある過去(と現在)を突かれて、ぐっとくるはず。

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「影響を受けた作家、師といえるひとの名前をあげるとすれば、きみの作品は誰のにいちばん近い? ジョン・バース? ヘミングウェイ? ディケンズ? フォークナー?」

「バロウズだ」

「『裸のランチ』の?」

「いや、ウィリアムじゃない」
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(文庫版p.374より)


[収録作]

『ベガーズ・イン・スペイン』
『眠る犬』
『戦争と芸術』
『密告者』
『想い出に祈りを』
『ケイシーの帝国』
『ダンシング・オン・エア』


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