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『粘菌 その驚くべき知性』(中垣俊之) [読書(サイエンス)]

 「粘菌に迷路パズルを解く能力があることを発見した研究」により2008年イグ・ノーベル賞(認知科学賞)を受賞した著者が、その研究内容を分かりやすく紹介してくれる一冊。出版は2010年5月です。

 粘菌(正確には真正粘菌。特に本書に登場するのはモジホコリ)の変形体は、アメーバを巨大化したような、いわゆる「グリーンスライム」というか、そういう巨大な単細胞生物です。黄緑色のねばねばが、アメーバのように動きまわる様を想像して下さい。

 この粘菌を迷路の中に流し込み、入口と出口に餌を置いておくと、粘菌は最初は迷路中に薄く広がってゆきますが、やがて餌と餌をつなぐ最短経路に収斂してゆくのだそうです。つまり粘菌が迷路パズルを「解いた」わけです。

 これは実に不思議なことで、何しろ脳や神経系、それどころか組織構造を持たない(真っ二つに切ってもそれぞれの断片が別の個体として生き続ける)単純な単細胞生物に、どうやってこのようなことが可能なのでしょうか。

 さらに研究は続きます。これまでのような「最短距離」という特定パラメタ最適化の問題ではなく、経済性、効率性、安全性といった複数の指標をなるべくバランスよく満たす解を求めるという、非常に難しい多目的最適化の課題に挑戦です。

 大きな関東圏の地図を用意して、人口密集地に餌を置きます。さらに山や川など地形を表すように強度を調整した光(粘菌は光を嫌います)をあてます。こうして準備した「関東平野」の東京地点に粘菌を注ぐと、粘菌は餌と餌をつなぐ細長いネットワーク状に広がってゆくのですが、その形は果たして・・・。

「JRとの比較実験を構想したとき、私はもっと違う結果を予想しました。JRのネットワークはそれほどすぐれていないだろう、と。強い根拠はなかったのですが、先入観で、一部の権力者の利益誘導が効いて歪んでいるはずだ、と。それならば、粘菌の力を借りて、その「いびつさ」を暴いてみたいと思ったのでした。ところが、結果は予想に反していました」(p.122)

 粘菌が作り出した、経済性、効率性、安全性をバランスさせた解の一つが、実際のJR路線図によく似ていたのです。確かにこれは驚きです。もしかしたら、JRや政治家は、粘菌なみの知能を持っているのではないでしょうか。

 さらには、粘菌が時間を記憶する(周期的刺激を与えて学習させると、次の周期が経過したとき刺激を予想した動きをとる)、相反する刺激を与えるジレンマ状況下で逡巡反応を示す(悩むかのように立ちすくみ、やがて決然と行動する)、しかも逡巡した後の行動の選択は個体によって異なる、つまり意思決定や個性のようなものが感じられる、など興味深い実験結果が次々と紹介されます。

 なぜ脳も神経もない、流動原形質の塊のような生き物にこのようなことが可能なのか。著者はそのモデルをいくつか挙げて分かりやすく説明してくれます。その本質は自立分散システム。つまり全てを統括する中枢などどこにも存在せず、部分部分が単純で局所的な働きをすることで、全体として統一のとれた高度な機能が実現されるという、生物界では非常にありふれた、しかし人間が設計した機械には非常に苦手な、そういう原理が根底にあるようです。

 メカニズムも興味深いのですが、逆に「粘菌に“知能”的な行動がとれるのであれば、我々の脳が持っている知能だってしょせんは似たようなものではないだろうか」という疑問が起こってくるところが面白いのです。

 それに、電子顕微鏡やらDNAシーケンサーやら何やら高度な技術を何一つ使わず、小学生にでも出来そうな簡単で分かりやすい実験で、こういう驚くべき未知の現象が見つかった、というところにも心惹かれます。

 実際、この研究がドイツでドキュメンタリー番組として放映された後、ドイツの小学生から実験レポートが届いたそうです。素晴らしい。日本の小学生も、夏休みの研究で「生物の“知能”の本質とは何か」という謎の解明に向けて粘菌実験に挑戦してみてはどうでしょうか。未来のイグ・ノーベル賞は君のものだ!

 でも粘菌がお母さんに見つかると大騒ぎになるので気をつけようね。


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