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『オタク的翻訳論 -日本漫画の中国語訳に見る翻訳の面白さ 巻六「あずまんが大王」』(明木茂夫) [読書(教養)]

 『オタク的中国学入門』で知られる明木茂夫先生の名シリーズ『オタク的翻訳論』の第六巻『あずまんが大王』を中国関連書籍専門の東方書店で購入しました。

 このシリーズは、日本の漫画を中国語に訳すときに翻訳者がぶつかったであろう課題と、それを乗り越えるための工夫を、実例にもとづいて詳細に調べることで、文化の差をあらわにしたり、翻訳という作業が持つ一種独特な創造性に光を当てたり、まあ単純にオタク的探究心を満足させたり、という興味深いものであります。

 さて、巻の六で取り上げられているのは、『あずまんが大王』。いわずと知れた名作ですが、うう、確かにこの作品の何とも言えないおかしさは、言語依存、文化依存の文脈が多くて、翻訳は大変だろうなあと、改めて同情の念がわいてきます。

 この巻は、日本語版と中国語版を比較するだけでなく、さらに英訳版も比較の対象に含めて、より多角的な検証を行っているのが特徴です。それぞれの翻訳者が採用した工夫、大げさに言うなら翻訳戦略とでも称すべき方針の違いが実に面白い。

 例えば、以下の原文をどう訳すか。

「大阪ってさー、ブルースリーってブルーが苗字だと思ってたんだって」
「あー、あるかもなー」「スリーが苗字だよね。外人だからね」

 このとぼけた笑いは、読者も一瞬「あー、あるかもなー」と感じるところから生じていると思われるのですが、英語圏の読者は発音のせいで(ブルース・リーと、ブルー・スリーでは発音が違う)、また中国語圏の読者は常識のせいで(李小龍=リー・シャオロンの苗字を勘違いすることはあり得ない)、それぞれ非常に伝わりにくい。さあ、どうやって翻訳するか。

 詳しくは同書を参照して頂きたいのですが、中国語版は仕方なくアルファベットで"Bruce Lee"と表記することで解決したのに対して、英訳版は何と「大阪って、ヴァンダムの苗字がヴァンだと思ってたんだって」という素晴らしい超訳。

 ですが、原文の面白さを英語圏の読者になるべくそのまま伝えるという目的からすると、ブルース・リーをジャン=クロード・ヴァン・ダムに変えてしまうのも立派な翻訳と言えるでしょう。

 どちらが正しいかという問題ではなく、むしろ「面白さを多少損ねてでも原文の主旨を正確に伝えたい」という翻訳戦略と、「多少意味を変えてでも原文の面白さそのものを伝えたい」という翻訳戦略という相違が見られるわけで、これ、ものすごく面白いとは思いませんか。

 他にも、大阪のくしゃみ「へーちょ」をどう訳すか問題、大阪の「パンツ一丁の“丁”ってなに?」というセリフをどう訳すか問題など、本書に載っている実例を読めば、日本の女子高生、特に大阪がいかに各国語(英語、中国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、フィンランド語、韓国語、ベトナム語、タイ語)の翻訳者に対して尽きせぬ悩みを提供しているか、ということがよく分かります。

 というわけで、クールジャパンだ何だとしたり顔で口にするとき、言語や文化の壁を乗り越えて日本のMANGAを世界の読者に届けてくれている各国の翻訳者とその苦労に対する感謝の気持ちを忘れてはいけません。よつばのとーちゃんだってきっとそう思ってることでしょう。


タグ:台湾
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