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『SFマガジン2010年5月号 特集:クトゥルー新世紀』 [読書(SF)]

 SFマガジン2010年5月号の特集は「クトゥルー新世紀」ということで、海外におけるクトゥルー神話の最近の展開を紹介すると共に、翻訳短篇 4篇を掲載してくれました。でも、そもそもクトゥルー神話ってSFなのかしら。

 まず竹岡啓さんによる『クトゥルー新世紀概説』が読みごたえたっぷりの力作。今世紀に入ってからの海外でのクトゥルー神話の新展開が詳しく紹介されています。

 「今日、クトゥルー神話はホラーの一分野というよりも、それ自体がひとつの独立したジャンルとなった感がある。最近は我が国でもクトゥルー神話の事典や解説書が増えたが、その多くは古い情報を繰り返し取り上げるに留まっている」

 21世紀の海外におけるクトゥルー神話、その創作と出版がどのように活況を呈しているかがよく分かる概説です。正直言って、クトゥルー神話なんて、古くさく、今ではパロディのネタにしかならない、とばかり思ってました。ごめんなさい。どんどん新しい書き手が登場し、研究も進んでいたのですね。

 とにかく、ほとんど日本では知られてなかった情報で、少しでも興味がある方は必読でしょう。というか、作品を読むのが面倒なら、とにかくこの『概説』と中村融さんによる『特集解説』だけでよいからざっと目を通しておきましょうね。

 さて、掲載されている短篇ですが、まずはチャイナ・ミエヴィルの『細部に宿るもの』。王道的なホラー短篇です。

 壁のひびやタイル張りの床の模様が人の顔やら妖怪の姿に見えたりする。誰にでも覚えがある、あの錯視現象を介して異次元から襲ってくる怪物の恐怖が描かれます。

 もちろん『ティンダロスの猟犬』の本歌取りですが、さすがに怪物大好きのチャイナ・ミエヴィル、具体的な描写をしないで読者を不安な気分にさせるところが実に巧み。怪異との関係が微妙に分からない謎めいた人々の姿も印象的です。

 ベンジャミン・アダムズの『リッキー・ペレスの最後の誘惑』は、何と青春小説。身体に障害があるせいでいじめられている少年が、一人前の男として認められるためにストリートギャングの一員となる試練を受ける。それが少年の人生の岐路であった。

 人生の岐路というテーマを、「犯罪者への道を進むか否か」という意味だと思わせておいてひっくり返すのがキモですが、何しろクトゥルー神話特集の一篇だとあらかじめ分かっているので、「身体の障害」がどういう意味であるかもすぐ想像がついてしまい、オチが読めてしまうのが残念。

 F・グウィンプレイン・マッキンタイアの『イグザム修道院の冒険』は、ホームズもの。ホームズに助けを求めてきた魚のような姿の紳士。地下から夜な夜な忌まわしい詠唱が響きわたる修道院。『壁のなかの鼠』を思わせる状況で、ホームズを待ち構えていたのは、古きものどもと手を結んだモリアーティ教授その人だった。

 うーん、ホームズものとしては別に面白くないし、クトゥルー神話としては悪ふざけが過ぎて、どちらのファンも満足できないのではないでしょうか。というか、いまさらシャーロック・ホームズを別ジャンルにからめる、という発想が安易すぎるように思えます。

 エリザベス・ベアの『ショゴス開花』は、第二次世界大戦前夜を舞台に、ショゴスを研究する生物学者の姿を描いています。

「o.ホリビリスの成熟個体-直径四メートル半から六メートルほど、推定重量は八トンを超える-は現生ショゴスのうち最大である。とはいえ、公認の断片的化石記録によれば、有史以前のショゴスははるかに大型だったと推察される」

 ショゴスが実在の生物として書かれる、ちゃんと学名もついており、その生態もかなり研究が進んでいる、というのが妙におかしいのですが、作品の雰囲気はシリアスです。次第にストーリーが人種差別やホロコーストにからんでくるあたりの展開はお見事。

 もともとクトゥルー神話には人種差別(黒人の血が白人の血統に混じることへの恐怖とか、黒人らしい容貌への嫌悪感とか)が抜き差し難く染み込んでいるわけで、個人的にはそこらが不快なのですが、あえてそこに踏み込んでゆくのはさすがクトゥルー新世紀の作品。よく書けていると思います。

 というわけで、日本の出版社も、いつまでもラブクラフトだダーレスだアシュトン・スミスだSANチェックだと言ってないで、新しい書き手たちの新作をどしどし翻訳してほしいものだと思います。

[掲載作品]

『細部に宿るもの』(チャイナ・ミエヴィル)
『リッキー・ペレスの最後の誘惑』(ベンジャミン・アダムズ)
『イグザム修道院の冒険』(F・グウィンプレイン・マッキンタイア)
『ショゴス開花』(エリザベス・ベア)


タグ:SFマガジン
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