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『日本SF全集2 1972-1977』(日下三蔵 編) [読書(SF)]

 半世紀に渡る日本SFの歴史を「一作家につき一短篇を厳選して収録」することで六冊にまとめてしまうという『日本SF全集』、その第二巻を読みました。単行本出版は2010年3月です。

 この巻に収録されている作品は70年代の日本SF黄金期に発表されたもので、書店に単行本が並んだ頃に私はちょうど高校生。もちろん必死になって読みましたとも。

 新しい作家、新しいSFが次々と登場する大興奮の時代だった、という印象があります。そういや『日本沈没』がベストセラーになり、科学とSFとオカルトと終末論がまぜこぜになって世間に流布したのもあの頃だったかなあ。それが後にあんなことを引き起こすとは・・・、まあそれはいいでしょう。

 さすがに収録作はどれも傑作で、好き嫌いは別として、読んでおくべき代表的なSF作家の重要な作品ばかりがずらりと。

 収録作のうち個人的に最も好きなのは、何といっても『遠近法』(山尾悠子)ですね。上下に無限に伸びる円筒型宇宙、合わせ鏡に閉じ込められたような奇怪な世界の眺望をひたすら描写した驚異の傑作です。今、読んでも少しも古びていません。

 巻末座談会で山岸さんが「イアン・ワトスンとかテッド・チャンとか、最近でもいくつか書かれていますが、幻想的なイメージの強烈さで「遠近法」に敵うものは思い当たらない」と述べておられますが、まさにその通り。

 若いころは、作中の「作者」をめぐるあれこれとか、かなり馬鹿馬鹿しいオチとか、そこら辺は不要ではないかと思った記憶があるのですが、今になって読んでみると、はじまり(作者がいて執筆を開始する)と、終わり(作品に結末をつける)、を巧妙に排除することで、作品世界を時間的にも円環構造に閉じ込めるための工夫だということに気付いて、あらためて感激しました。

 『アンドロメダ占星術』(堀晃)はハードSFの傑作で、運命の束縛から逃れるために銀河系外へ飛び出してゆくレーザー推進宇宙船を舞台とした話。停止が不可能な状況でひたすら加速を続けて運命から逃れようとした人々が、ついに物理法則からの脱出の試みへと向かうストーリーは、とにかく親やら学校やら世間やら何やらのしがらみ断ち切ってどこかへ逃げたい、といういかにもありがちな若い情熱と呼応するようで嬉しかったことを覚えています。

 今読むと、亜光速で推進している宇宙船からの眺望(相対論効果による視界のゆがみによって、逃れてきたはずの背後の銀河が巨大なあぎとと化して宇宙船を飲み込もうとしているように感じられる)とか、巨大建造物の描写とか、そこら辺のビジュアルイメージが今も迫力を失っていないことに感心させられます。

 『美亜へ贈る真珠』(梶尾真治)は時間テーマSFの代表作。タイムトラベルというか、局所時間減速による男女の人生のすれ違いを扱ったSFは山ほどありますが、本作はアイテム(タイトルに示されているアレ)の使い方が絶妙で、忘れがたい印象を残してくれます。

 今読んでも、若いころに読んだときと読後感が変わらないのですが、これはつまり発表された当時から既に「懐かしい物語」だったということかも知れません。

 『かまどの火』(山田正紀)は、ブラックホール物理学と仏教世界観をつなげるという、若い頃は「かっちょえーっ」と興奮した、のちにニューサイエンス本などあれこれ読んでうんざりするようになったネタを駆使したハードSFっぽい作品。

 といっても事象の地平線だの特異点だのといった言葉はハッタリに過ぎず、内容的には「エキゾチックな異世界を舞台にした劇画チックな冒険小説」です。怪物に襲われている美しい娘を間一髪救出するとか、いずれ宿命の対決をすることになると分かっている男との出会いとか、あの頃は、こういう作品が大好きだったなあ。今ですか。まあ、私も歳食ったし。

 後の『幻詩狩り』の原型となった短篇『指の冬』(川又千秋)、小説を構成している言葉そのものを異化してみた『言語破壊官』(かんべむさし)、シュールリアリズムの言葉を駆使してシュールな光景を現出してみせる『柔らかい時計』(荒巻義雄)、など言語テーマの作品が多いのも日本SFらしいところ。

 一方、テクノロジーの急速な発展がどんどん世の中を変えていった時代ですから、それにともなって失われてゆくものへの郷愁とかノスタルジーを扱った作品も数多く書かれました。

 例えば、手作り宇宙船で裏庭からちょいと宇宙に行けた昔のSFを懐かしむ作品が二つも収録されています。落語風の『ポンコツ宇宙船始末記』(石川英輔)、ドタバタ漫画風の『レモン月夜の宇宙船』(野田昌宏)です。機関車をシンボルに、科学技術の急激な進展に対する不安というか反感を描いた『機関車、草原に』(河野典生)もそうでしょう。しかし、作品が書かれた当時にまだ子どもだった私には、これらの作品への共感はどうも難しいものがあります。世代の壁というやつでしょうか。

 というわけで、時代と関係なく読める作品、時代の空気を反映させた作品、どちらも読みごたえがありました。ぜひ今の高校生にも読んでほしいと思います。

[収録作]

『メトセラの谷間』(田中光二)
『かまどの火』(山田正紀)
『真夜中の訪問者』(横田順彌)
『指の冬』(川又千秋)
『言語破壊官』(かんべむさし)
『アンドロメダ占星術』(堀晃)
『柔らかい時計』(荒巻義雄)
『遠近法』(山尾悠子)
『アイは死を越えない』(鈴木いづみ)
『ポンコツ宇宙船始末記』(石川英輔)
『ニュルブルクリングに陽は落ちて』(高斎正)
『機関車、草原に』(河野典生)
『レモン月夜の宇宙船』(野田昌宏)
『楽園の蛇』(鏡明)
『美亜へ贈る真珠』(梶尾真治)

巻末座談会:星敬、山岸真、北原尚彦、日下三蔵


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