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『猫とねずみのともぐらし』(町田康) [読書(小説・詩)]

 シリーズ“町田康を読む!”第33回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は「おはなしのたからばこ」という子ども向け絵本シリーズの一冊です。単行本出版は 2010年3月。

 同名のグリム童話を元にした創作絵本です。絵は寺門孝之さん。一見、たいそう可愛らしい絵本です。小学校の図書室に置いても何の問題もなさそう。

 ところで、グリム童話『猫とねずみのともぐらし』って、猫に対してあまりにもひどい話だと思いませんか。昔、猫とネズミは仲良く一緒に暮らしていました。ところが蓄えておいた食料を猫が勝手に食べてしまい、さらには怒って抗議したネズミまでぺろりと食べてしまいました。それからというもの、猫はネズミを見つけると追いかけて食べてしまうようになったのでした、おしまい。・・・って、それはあんまりだろう。

 猫好きで有名な町田康さんですから、ちょっとは猫に同情的な方向で原作を修正しているかなと思って読んだのですが、うううむ、大技(内緒です)を使って、猫は何も悪くない、ネズミが一方的に悪い、むしろ猫こそ可哀相な被害者、という大逆転にしてますよ。わーははは。この猫馬鹿めがーっ。

 原作にないキャラクターも出てきます。白馬にまたがった王子様、カエルにキスする王女様、お菓子の家を探している兄妹、慈悲深きマリア様、などなど。いやー、やりたい放題ですな。猫とネズミは彼らにそれぞれ助けを求めるのですが、誰一人として助けてはくれません。聖母マリア様など「いま忙しい」と言い捨てて逃げてしまいます。

 ちなみに帯には「この本を読んだ子どもたちが描いた絵」として、“『いまいそがしい』とマリア様”、というのが載っていて、やはりこのシーンは子どもたちの心をぐっとつかんだようです。たぶん大人目線のお説教臭さがなく、本当のことだからでしょう。

 というわけで、この絵本が教えてくれる教訓は次の通り。

・金がない奴が何を頼もうが、権力者も聖人も、誰も何もしてくれない。

・たまに助けてあげようという人を信じるとひどい目にあう。

・何も悪いことをしてないのにひどい目にあわされた奴は、いつまでもそのままである。

 絵がまた、いっけん可愛らしいのですが、よく見ると人の心をいやおうなしに不安に陥れる深い青を基調にしたこわい絵で、登場人物は誰もかれも狂った眼をしているし(だいたい表紙の猫の眼からしてヤバい。おそらく薬物中毒)、文中にも「真っ青な目には瞳がありませんでした」とか、よく読むと怖いことが書いてある。私は『青い眼がほしい』(トニ・モリスン)を思い出してしまいましたよ。

 というわけで、芥川賞作家が書いた素敵な絵本というより、パンクロッカーが書いた「世の中のご立派な嘘に対して中指たててふぁっくおふと叫んで放尿するようなお話」と「長いこと見ていると嫌な気持ちになってくる、人の心を不安にさせる絵」が合わさった、とっても素敵な絵本。

 ぜひ全国の小学校の図書室に置いて、本物の文学や芸術というものがどれほど子どもの情操教育に悪いかを見せつけてやってほしいものです。


タグ:町田康 絵本
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