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『アッチェレランド』(チャールズ・ストロス) [読書(SF)]

 英国SF界の新鋭による本格SF長編作品。ローカス賞受賞。単行本出版は2009年2月です。

 ある一家の年代記という形で21世紀の歴史を書いた作品で、経過実時間を10年毎に区切って、それぞれに1章づつ割り当てています。第1章は2000年代、第2章は2010年代、第3章は2020年代、という具合です。

 全9章の物語は、人類文明がついにシンギュラリティ(技術特異点)に到達する第2部をはさんで、プレシンギュラリティ期の最後を描いた第1部、ポストシンギュラリティ期を描いた第3部、という三部構成になっており、それぞれ主役をつとめるキャラクター(正確に言うと“キャラクタ”ではなくバイナリですが)が父、娘、孫、と世代交代してゆきます。

 なお、この一族とエンタングルメントしているネコが全編を通じて連続的に登場します。ある意味、このネコこそが主役、というか「シンギュラリティ」を体現するような象徴的存在として扱われています。もともとソニー製なんですが、タイマーはなかったようです。

 さて、タイトルは音楽用語で「加速してゆく」という意味だそうですが、これは章が進む毎に変化の割合が加速してゆくことを示しており、特に後半になると基底現実で10年が経過する間に太陽系の有様が劇的に変わってしまう(例えば水星が解体され、太陽を包み込む雲のようなナノプロセサ演算ダイソン球になっていたとか)という猛烈なスピードで物事が変化してゆきます。

 仮想現実への精神のアップロード、分子アセンブラ、レーザー推進宇宙帆船、スペースコロニー。とにかくSFに登場するアイデアやガジェットを山ほどぶちこんで、ダサい説明はすっ飛ばして、ギークっぽいジャーゴン、冗談すれすれのバズワード(経済2.0とか)をまき散らし、目眩のするような疾走感をもって読者を翻弄する。要するに昔の「サイパーパンク」が得意とした手法で書かれており、例えばウィリアム・ギブスンに熱中した人なら懐かしく感じるでしょう。

 ただし、第1部は確かにサイバーパンク風の疾走感に満ちているのですが、宇宙船を舞台にした第2部になると展開はぐずぐずになり、第3部に至っては三代に渡る家庭争議(ネコ含む)と昼メロが延々と続くという有様になってしまいます。

 シンギュラリティをまたぐ世紀を真正面から書くという野心的な試みだというのは分かりますが、率直に言ってもう少し面白い話に出来なかったのかよと思いますし(特に第2部以降)、登場人物も精彩に欠け魅力に乏しいのが残念です。おそらく作者はストーリー構成や人物造形が苦手、というか作家としての引き出しが狭いのでしょう。SFとしてはさておき、小説として成功しているとは言えません。

 というわけで、サイバーパンクやギークカルチャー、スラッシュドットなトピックと親和性の高い方、「シンギュラリティ」や「ポストヒューマン」の具体的なイメージを求めている方、には向いていますが、それ以外の人にはあまりお勧め出来ません。ただ、他にあまり類を見ない個性的な作品だし、近頃SF界隈で人気があるネタがぎっしり詰め込まれているので、SFファンであれば、個人的な向き不向きに関わらず、読んでおいた方が何かとよいかも知れません。


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