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『性淘汰 -ヒトは動物の性から何を学べるのか』(マーリーン・ズック) [読書(サイエンス)]

 クジャクの羽、ヘラジカの角、などに象徴される「性選択による進化(性淘汰)」についての解説書です。専門書ではありますが、一般読者も想定して書かれており、大学の教養課程くらいであれば充分に読みこなせると思います。

 類書と異なるのは、性選択そのものが主眼というより、それを観察する生物学者がジェンダー・バイアスによっていかに目を曇らせてきたか、また動物の性行動について得られた知見を性差別に関する主張の「政治的な正しさ」の根拠として用いることのナンセンスさ、この2点に的を絞って論じているということです。

 著者は生物学者(行動生態学者)であると共にフェミニストでもあり、この二つの立場から「フェミニズムがいかにして生物学の研究に寄与できるのか」ということを丁寧に解説してゆきます。

 簡単に述べるなら、生物学者は自然を観察するときにジェンダー・バイアスによる偏見にとらわれてはいけない、逆に動物の性行動をそれが「自然な姿である」などといった道徳的な根拠付けに使ってはいけない、ということです。そんなことは当然だと、おそらくほとんどの人がそう思うでしょうが、実際にどれほど多くの人がこの種の誤りに陥ってきたかを、著者は繰り返し示してゆきます。

 読み終える頃には、どんなに知性が高く誠実な観察者であってもこれらの誤りを避けることは難しく、そして(ここがキモですが)誤りを回避するためにフェミニズムから学ぶことは多い、ということに納得させられることでしょう。

 扱われている話題は、鳥類のつがい外交尾、猿の子育て、ボノボの性行為、ショウジョウバエの精子、ニワトリの社会行動、甲虫の生殖器の形状、といった感じで非常に多岐に渡っており、それらの話題そのものだけでも充分に楽しめます。

 さらに第三部では、人間の女性のオーガズムや月経がどのようにして進化してきたと考えられるのか、同性愛の進化メカニズム、男女に生得的な能力差(数学能力、空間把握能力、言語能力など)はあるのか、といった微妙な問題に切り込んでゆきます。言うまでもなく、これらはフェミニズムと進化心理学が交差する問題であり、ある意味で本書のうち最も興味深い読み所となっています。

 ちなみに、文章は悪くないのですが、まわりくどくて一読しただけでは論旨がすんなり頭に入ってこない箇所も多く、あまり読みやすいとは言えません。ですが、内容そのものは大変面白く、また索引や参考文献リストが充実しているので、これから生物学や進化心理学を専門的に学ぼうとする学生にとって良い参考書になると思います。

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