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『未来の私たち』(スーザン・グリーンフィールド) [読書(サイエンス)]

 テクノロジーの未来について論じた本はいくらでもありますが、それが人間の遺伝子やら、脳の基本構造やら、精神の働きやらを、“根本的に”変えてしまう可能性について真剣に論じた本というのは、意外に少ないようです。

 どうも、このテーマを前にすると人は冷静さを失ってしまうらしく、しばしば極論に走った本にぶち当たります。

 極端に肯定的な本の一例は、『ポスト・ヒューマン誕生』(レイ・カーツワイル)です。ここでは、テクノロジーの進歩による人間の脳や精神の改変は、善し悪し以前に、避けえない「運命」のように扱われています。

 拡張された脳はテクノロジーの発展を加速し、加速的に発展したテクノロジーはさらに拡張された脳を生み出す、この正フィードバックループが爆発(シンギュラリティ=技術発展の特異点)を引き起こす、というわけ。

 極端に否定的な本の一例は、『脳内汚染』(岡田尊司)です。こちらは、テクノロジーによる脳や精神の改変は「有機水銀により脳が蝕まれる水俣病」と同列に扱われ、生理的嫌悪と根源的恐怖の対象として描かれます。

 宗教的情熱でもなく、パラノイア的恐怖でもなく、このテーマに対してもう少しバランスのとれたアプローチをしている本がないかと探していて、本書を見つけました。

 オックスフォード大学の薬理学教授にして、神経科学の専門家であり、「意識の物質的基盤」に関する研究家が書いた本で、このテーマについて冷静に具体的に論じる資格は充分です。

 というわけで本書は、テクノロジー、特に遺伝子工学・ロボット工学・ナノテクノロジーの発達が人間の脳や精神に及ぼす影響について包括的に論じた本。論点は多岐に渡ります。

「未来の私たちは、何を現実として見ているのか?」
「未来の私たちは、身体をどのように考えるのか?」
「未来の私たちは、時間をどのように使うのか?」
「未来の私たちは、命をどのように考えるのか?」
「未来の私たちは、何を学ばなければならないのか?」
「未来の私たちは、どのような問いを問うのか?」
「未来の私たちは、まだ自由意志を持っているのか?」
「未来の私たちは、人間性をどれほど残しているのか?」
「現在の私たちは、どのような選択が可能なのか?」

 どの論点についても、著者は様々な考察を示し、その展望と危険性の両方をバランス良く提示してくれます。ただし、ほとんどの論点について、結論は書かれていません。それは、読者が自分で考えなさい、ということでしょう。

 社会や政治の観点がほとんど無視されていることや、幅広く論じようとするあまり散漫な印象を受けること、そして翻訳がちょっと読みにくい気がすること、など不満はあります。

 が、これだけ広い論点について、読者が自分で考えるための出発点を与えてくれる本は珍しく、このテーマに興味がある方は一読しておくべき好著だと思います。

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