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『双生児』(クリストファー・プリースト) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 かなり歯ごたえのある小説だと聞いたので、「まあ文庫化されてから読めばいいか」などと甘えたことを考えて避けていたのですが、冬樹蛉さんがご自身のブログで「これを読まずに年を越してはいかん!」などと叫んでいたので、心を入れ替えてきちんと読みました。

 いまさら言うのもなんですが、まぎれもない傑作です。2007年のベストSF入りは間違いなく、一位に選ばれる可能性も高いと思います。

 SF的な仕掛けはありますが、それを別にしても、純粋に第二次世界大戦を背景とした戦争文学として読んでも充分に楽しめます。

 見せ場も多く、ドイツの都市に対する爆撃任務、(ユダヤ人の娘を連れた)決死の脱出行、空襲下のロンドン、和平調停会議、チャーチルやルドルフ・ヘスとの会見、さらには三角関係やら不倫やらメロドラマに至るまで、細部までじっくり書き込まれており、どのシーンにも思わずぐいぐい引き込まれてしまいます。

 最初に示される歴史の解説が、我々が知っている歴史とはかなり異なったものなので、ああこれはいわゆる「歴史改変もの」あるいは「パラレルワールドもの」だな、とSF読みとしてはすぐにそう思うわけですが。

 これまでも「ああ、これは要するに透明人間ものだな」とか「おお、なんだ物質転送装置ものですね」などと見切ったつもりで読み進め、作者に背負い投げを食らわされて地面に叩きつけられた経験があるので、保留しつつ慎重に読んでゆきます。

 主人公は一卵性双生児の兄弟で、途中で仲違い(分岐、原題を直訳するとそういう意味になる)して別々の人生を歩んでゆきます。二人が語るそれぞれの人生の物語は、互いに矛盾しており、異なる歴史を背景としているらしい、というのがミソ。

 どうやら英国とドイツの間で早期和平調停が成立したかどうかによって、分岐した別々の歴史が発生したらしい。主人公は二人ともその件に関わっており、どうも彼らの行動が分岐を引き起こしたようだ。といったことが次第に分かってきて「なるほど。そういうことか」と納得したくなります。

 ところがところが。そんなのは序の口に過ぎないわけで。

 主人公たちは過去を何度も想起し直したり、同じ時間を何度もやり直したりすることで、次々と歴史を分岐させているように思え、しかも書いていることが本当なのかどうか、というか、他で書かれているのと同じ歴史に属する記述なのか否かも疑わしくなってくる。その上、分岐した2つの歴史、2つのプロットが、互いに干渉しているようにも見えます。

 大いに幻惑されつつ、小説としての面白さに引っ張られて読み進めると、小説全体の構成が驚くほど緻密に組み立てられていることにふと気づいて、打ちのめされることになります。変だな、唐突だな、と思えたあのシーンこの描写、どれも構成上の重要パーツだったのか、とか。ある種のミステリ(叙述トリックもの)と似た感触です。

 全体構成を完全に読み解くのは大変そうで、私も一読したばかりなので捉えきれていませんが、そういうある意味マニアックな読み方をしても、そんなこと気にせず物語だけを楽しんでも、どちらの読み方でも読者を満足させるという、いやこれは凄い傑作です。

 読了後、私も「これを読まずに年を越してはいかん!」と叫びたくなりましたが、いや別にいつでもよろしいですから、ぜひ読みましょう。まことに希有な、素晴らしい読書体験が約束されています。

タグ:プリースト
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