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『摩天楼の怪人』(島田荘司) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 今回で一段落することにした、「よし、島田荘司を読もう」シリーズ第9回。

 とりあえず最終回は、昨年秋に出版された新作『摩天楼の怪人』ですよ。まるで江戸川乱歩の少年探偵団みたいなタイトルですね。

 さて、「島田荘司といえば地下世界」という先入観に捕らわれている私としては、マンハッタン、セントラルパーク、と聞いただけで、あ、これはあのネタだな、と確信しました。

 『モグラびと ニューヨーク地下生活者たち』(ジェニファー・トス)という、一度読んだら生涯忘れることの出来ないほど面白いノンフィクションがあります。

 マンハッタン島の地下には、使われてない地下鉄、配管、放水設備、放棄された地下施設などが何層にも渡って迷路のように広がっている広大な知られざる地下空間があり、数千人もの人々がそこで生活しているというのです。

 失業者、犯罪者、精神障害者、多重債務者、あらゆる種類の社会からドロップアウトした人々=地下生活者たちは、様々なリーダーに率いられたコミュニティを作っています。各コミュニティには、夜中に地上から食料を盗んでくる調達係、配管から水や電気を拝借する技術者、他のコミュニティとの連絡交渉係、用心棒がおり、さらには医者や教師が子供たちの面倒をみているという、地上から独立した社会が形成されています。

 放棄された豪華な地下鉄の待合室(シャンデリアやグランドピアノがある)、地下生活に適応して嗅覚が異様に発達した人々、選ばれた者しか知らない地下空間への隠し通路。

「こ、これ、マジにノンフィクションなの!?」と絶句するような衝撃的かつ魅力的な情報が詰まっています。ぜひご一読を。

 実際この本は作家に多大なインスピレーションを与えたらしく、小説では『レリック2』(プレストン、チャイルド)が描写を含めてそのまんまメインストーリーとして使ってましたし、地下生活者(モールピープル)が廃棄された化学物質のせいで怪物と化して地上に出て人を襲う、というC級ホラー映画なんかいっぱい製作されました。

 えーと、何の話でしたか。そうか、島田荘司でした。

 まだ20代の若き御手洗潔助教授(コロンビア大)が、60年前の怪事件に挑みます。高層ビルに現れる謎の怪人、停電でエレベータが止まっているにも関わらず、わずかな時間で34階と地上を往復した殺人者。

 さらに、現代(小説中の)にまで怪人が出没し、奇怪な殺人事件を引き起し始めます。60年前の事件とのつながりは?

 詳しくは分からないものの、メイントリックはとにかくセントラルパークの地下世界だと確信しましたね。舞台となるビルは、地下世界への入り口の上に建設された。誰にも見つからずにセントラルパークまで往復したのは、もちろん地下通路を使って。

 地上まで短時間で移動した謎は、「人力」で動かす乗物を地下生活者たちが用意してたから。絶対これだよ。あ、そうだ。古い貨物用エレベーターは、地下通路に直行するための乗物で、非常時には人力駆動が可能なように地下に設備があるんだ。そうだそうだ。島田ミステリなら普通そうだよな。

 暗号に書かれた経路が、実際のセントラルパークと一致しないと悩んでいる若き御手洗先生には苦笑です。ミタライ君、暗号に示されている経路はね、地上の道ではなく地下のトンネルを示しているんだよ。ふふん。

 途中で、明らかに『モグラびと』からそのまま引用したような描写が出てきます。島田ミステリいつもの悪い癖、「せっかく資料を読んで勉強したので、もったいないからそのまま書いて挿話にしてみました」ですね。

 そして、ついに謎を解いた御手洗先生は、謎の核心へと向かいます・・・あれ、先生、方向が違いますよ。そっちに行っても真相には辿り着けませんよ?

 ページをめくって、「あっ!!」と絶句しました。フルカラーで見開き一杯にCGで描かれた美しいイラスト。それ一発で、全てが明らかになります。『斜め屋敷』以来の衝撃です。

未読の方は、読んでいる途中で後半のページをパラパラめくったりしないように。ほんの一瞬で仕掛けが分かって興ざめします。

 私の想像は完全に間違っていました。というか例によって島田荘司が「こざかしい読者をひっかけてやれ」と考えて用意したミスディレクションにまた引っかかりました。見事なまでに。

 本作は、島田ミステリ特有の「けれんみ」が、ストーリーを破綻しない程度にうまく機能している傑作です。とりあえず「よし、島田荘司を読もう」シリーズの最後にこの作品を読めて幸せです。

 そして、私は最後の最後まで島田荘司の良き読者でした。なにしろ、作者の用意した引っかけに、毎回そのまま引っかかってましたから。

タグ:島田荘司
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