『ぢべたくちべた』(松岡政則) [読書(小説・詩)]
――――
うちなる世阿弥の聲、ドストエフスキーの聲、一叢の艸の聲
おぐらいこそが艸を嗣ぐ運動
原意からもズレてしまうことばの動きはまだか
老いてなおもって励みたい
ただ一篇でいい
不穏なる傑作をものにしたい
――――
「聲の身の上」より
――――
ノミ、セットウ、コヤスケ
使いやすい道具ほど美しいものだ
背戸の石垣は二年近くかけて一力で修復した。
晩飯は大根のツナサラダにインド風スパイシーハンバーグ
下拵えをすませ今これを書いている
言葉の身ぶりが詩であるなら
想は無防備であってもいいだろう
――――
「春の一日」より
まだ読んではいないのだがそこにあるだけで幸せな本がある
背表紙に気配があるあなたがわたしの部屋に棲んでおられる
「キリンの黒い舌」より
あるく。たべる。旅。土地。艸。命の激しさをこめた、身体からくる嘘のないことば。あさましく取り繕いあるいは他人を扇動し支配するための言葉にまみれて生きている私たちの肺が求める最新詩集。単行本(思潮社)出版は2023年8月です。
――――
低くうねってくるエネルギー
アナーキーだのにどこか清潔で
静かな怒りのようなものもヒリヒリと伝わってくる
ニョニャ料理の店先では太り肉の女が全身でリズムを刻んでいる
バティックシャツ着たムスリム商人はパタイの木蔭で耳を傾けている
雑踏の中でこそ透き通るいのち、
にぎわいのさびしみのようなもの、
野良犬の慾動がシャツをべとつかせるのか
不意の息にふれることがあるマラッカ
人人のふるまいがやがてひかりとなるマラッカ
――――
「マラッカ」より
――――
あるくが祝福されているね
バンコクには迷いがないね
かぐわしい香りが漂ってくるラープ・パークという名の店に入る
パパイヤサラダに骨付きラム肉のマッサマンカリー
まだ食べてもいないのにもうアロイ
まずは一と口、また一と口
アロイけどペ(辛い)、けどアロイ
ペはペ、けどさっと引いていくペ
まったく愛想のない店だ、けどアロイ
プルメリアの白い花
アロイが止まらないずっと食べ続けていたいこのまま死んでもかまわない
この一食を味わう為にこそ生まれてきたのかも知れなかった息ができない
食べるはどこかエロい、エロアロイ
そしていつだって政治的だ
うまいものを食べているとからだのどこかさみしくなる
――――
「アロイ」より
――――
自分の不注意で誰かが拘束される夢をときどき見る
からだは静寂よりも都市の喧騒を欲していた、そのことだろうか
一所懸命働いてきたのに朝にはいらない人になっていたそのことだろうか
――――
「犬」より
――――
あるくという行為は
あらがうということだった
わたしはみんなではないただそのことだった
――――
「くぬぎあべまきうばめがし」より
――――
わからないまま書いている。
まだなにものでもないもののふるえ。
ことばの無駄な動きこそがわたしなのか。
蟲、艸、鐵、聲は本字で書きたい。
――――
「漫遊帖」より
うちなる世阿弥の聲、ドストエフスキーの聲、一叢の艸の聲
おぐらいこそが艸を嗣ぐ運動
原意からもズレてしまうことばの動きはまだか
老いてなおもって励みたい
ただ一篇でいい
不穏なる傑作をものにしたい
――――
「聲の身の上」より
――――
ノミ、セットウ、コヤスケ
使いやすい道具ほど美しいものだ
背戸の石垣は二年近くかけて一力で修復した。
晩飯は大根のツナサラダにインド風スパイシーハンバーグ
下拵えをすませ今これを書いている
言葉の身ぶりが詩であるなら
想は無防備であってもいいだろう
――――
「春の一日」より
まだ読んではいないのだがそこにあるだけで幸せな本がある
背表紙に気配があるあなたがわたしの部屋に棲んでおられる
「キリンの黒い舌」より
あるく。たべる。旅。土地。艸。命の激しさをこめた、身体からくる嘘のないことば。あさましく取り繕いあるいは他人を扇動し支配するための言葉にまみれて生きている私たちの肺が求める最新詩集。単行本(思潮社)出版は2023年8月です。
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低くうねってくるエネルギー
アナーキーだのにどこか清潔で
静かな怒りのようなものもヒリヒリと伝わってくる
ニョニャ料理の店先では太り肉の女が全身でリズムを刻んでいる
バティックシャツ着たムスリム商人はパタイの木蔭で耳を傾けている
雑踏の中でこそ透き通るいのち、
にぎわいのさびしみのようなもの、
野良犬の慾動がシャツをべとつかせるのか
不意の息にふれることがあるマラッカ
人人のふるまいがやがてひかりとなるマラッカ
――――
「マラッカ」より
――――
あるくが祝福されているね
バンコクには迷いがないね
かぐわしい香りが漂ってくるラープ・パークという名の店に入る
パパイヤサラダに骨付きラム肉のマッサマンカリー
まだ食べてもいないのにもうアロイ
まずは一と口、また一と口
アロイけどペ(辛い)、けどアロイ
ペはペ、けどさっと引いていくペ
まったく愛想のない店だ、けどアロイ
プルメリアの白い花
アロイが止まらないずっと食べ続けていたいこのまま死んでもかまわない
この一食を味わう為にこそ生まれてきたのかも知れなかった息ができない
食べるはどこかエロい、エロアロイ
そしていつだって政治的だ
うまいものを食べているとからだのどこかさみしくなる
――――
「アロイ」より
――――
自分の不注意で誰かが拘束される夢をときどき見る
からだは静寂よりも都市の喧騒を欲していた、そのことだろうか
一所懸命働いてきたのに朝にはいらない人になっていたそのことだろうか
――――
「犬」より
――――
あるくという行為は
あらがうということだった
わたしはみんなではないただそのことだった
――――
「くぬぎあべまきうばめがし」より
――――
わからないまま書いている。
まだなにものでもないもののふるえ。
ことばの無駄な動きこそがわたしなのか。
蟲、艸、鐵、聲は本字で書きたい。
――――
「漫遊帖」より
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