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『ショートショートドロップス』(新井素子:編、矢崎存美、上田早夕里、他) [読書(小説・詩)]

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 三年前。
 私は、キノブックスの古川さんっていう編集の方から、依頼を受けました。
「女性作家によるショートショート集を作りたいのですが、新井さん、その選者をやっていただけませんか?」っていう旨の。
 女性作家によるショートショート集。いくつか心当たりがありましたし、また、企画自体が面白そうな感じがしたので、私はお引き受けしました。
 ところが。
 ここから先が、本当に大変だったんです……。
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単行本p.8


 サスペンス、ユーモア、ファンタジー、SF。女性作家によるショートショート作品を収録したアンソロジー。エイチ博士が大発明をしたり、ノックの音がしたりする15篇。単行本(キノブックス)出版は2019年2月です。


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 それから。
 楽しい時間は早くすぎるって、みなさん経験則で御存知でしょ? それと同じ現象が、本の中で発生しちゃったんですよね。
 はい。「好きなお話は短く思える」。
(中略)
 とりあえず、四十数枚くらいまでは、ショートショートだってことに……暴力的に、決めてしまいましたっ!
 高いさんの本にでていた、笹沢佐保さんのご意見……。“理性的には支持しにくい”んだけれど、私の感覚では、“ショートショート”って、やっぱり十~二十枚かなって思うんだけれど……でも、断固、支持!
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単行本p.9、11


[収録作品]

『初恋』(矢崎存美)
『チヨ子』(宮部みゆき)
『舟歌』(高野史緒)
『ダウンサイジング』(図子慧)
『子供の時間』(萩尾望都)
『トレインゲーム』(堀真湖)
『断章』(皆川博子)
『冬の一等星』(三浦しをん)
『余命』(村田沙耶香)
『さくら日和』(辻村深月)
『タクシーの中で』(新津きよみ)
『超耐水性日焼け止め開発の顛末』(松崎有理)
『石繭』(上田早夕里)
『冷凍みかん』(恩田陸)
『のっく』(新井素子)


『初恋』(矢崎存美)
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「お父さまとお母さま、どこで知り合ったんですか?」
 不躾と思いながらも、遠回しに訊けるほど余裕がなかった。
「幼なじみなんだそうです。小さい時から、ずっと一緒だったんですって」
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単行本p.24


 いつものベビーシッターさんが急病ということで、代わりにやってきたのは、ピンク色の小さなぶたのぬいぐるみ。「はじめまして。私はこういうものです」差し出した名刺には「山崎ぶたぶた」と。
「ぶたぶた、とお呼びください」。

 ご存じ、人気シリーズ「ぶたぶた」の記念すべき第一作。ここから20年以上、彼の物語が書き続けられることになるとは誰も予想できなかったでしょうが、最初から山崎ぶたぶたのキャラクターが何一つ変わらないことに驚かされます。


『チヨ子』(宮部みゆき)
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 出勤してくる店員さんたちが、着ぐるみを着たわたしの目には、ぬいぐるみの行進に見える。この人はネコ。この人はタヌキ。この人はおサルさん。ちゃんとしっぽもついている。店員さんは圧倒的に女性が多いので、それらのぬいぐるみたちはみんな可愛らしい声でしゃべり、女性の声で笑う。当然、動作も女性らしい。だから、少々怪しげなパブみたいな眺めでもある。
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単行本p.37


 その不思議な着ぐるみに入って見ると、他人がすべてぬいぐるみに見えることに気づいた語り手。じゃあ、自分はどう見えるのか。鏡を見てみると……。
 ほのぼのファンタジーなんですが、なぜ「ぬいぐるみ」テーマの作品が続くのか。編者が新井素子さんであることの意味にようやく気づく読者。


『舟歌』(高野史緒)
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「奏者の脳波や脳内物質に干渉して、擬似的な満足感を……」
「そういうのムリだから。さてはSF者か? 君は? とにかくピィ君に君のピアノを聴かせてあげてちょうだい」
 エイチ博士はそう言うと、聴くのは彼だからといって、部屋を出て行ってしまった。
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単行本p.61


 ロボットに演奏を聴かせてほしいと依頼されたピアニストは困惑する。音楽を聴くAI、今までに誰も考えつきさえしなかった究極の音楽AIとは。人間にとってAIがどのような意味、意義を持つのかという、今日的でシリアスなテーマを、こう処理するとは。


『ダウンサイジング』(図子慧)
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 つまり、ぼくは次の段階にきたということだ。ステップをおりる。エラーを起こした脳の可動メモリのひとつをブロックして、外部記憶装置からの出力に切り替える。
 バージョンダウンがはじまった。
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単行本p.71


 進行性の若年認知症にかかった語り手は、新たな治療法の実験に参加する。認知症を治すのではなく、脳の「壊れた」部位を外部装置に順次切り替えてゆく。いわば、脳の逐次的バージョンダウン。その行き着く先にあるものとは。
 AIの医療活用、意識のアップロード(の逆)などのテーマを巧みに組み合わせて、SF的なビジョンへと読者を導いてゆく作品。


『冬の一等星』(三浦しをん)
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 いまとなっては、あの夜の出来事がまるごと夢みたいに感じられる。
 急に現れた男と、西へドライブする。窓の外を流れる暗い景色も、街の明かりも、ひっそりと光を投げかける深夜の売店も、銀の星々も、すべて夢のなかの光景のようだ。
 どうして文蔵と同じ星を見ていると信じられたのだろう。それらはあまりにも遠くにあって、触れてたしかめることもできないものなのに。
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単行本p.141


 後部座席で眠っていた幼い少女に気づかないまま自動車を盗んだ男。うっかり誘拐犯になってしまった男と誘拐された少女の、不思議な逃避行。幼い頃に体験する夢のように儚い特別な時間を描いた作品。


『石繭』(上田早夕里)
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 石が見せてくれる夢は本当に楽しかった。
 だから、ここまでやってこられた。
 私の新しい仕事は、自分が取り込んだすべての記憶をこの体内で石に変え、別の人間へ手渡すことだ。
 虚構と物語があれば何とか道を歩いていける――。そんなふうに考える人に引き継いでもらうために。
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単行本p.233


 電柱の先端にはりついた白い繭からこぼれ落ちた色とりどりの石。語り手はその一つを口に入れてみるが……。虚構と物語、そしてそれらを生みだす作家についての寓話。


『冷凍みかん』(恩田陸)
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「――そんな馬鹿な」
 Kが怯えたような声を上げた。
 それは、どうみても世界の地図だった。みかんの大きさと色をした、地球儀のミニチュア。それが、霜のついた冷凍みかん三個と一緒に赤い網袋に入っているのである。
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単行本p.245


 田舎の寂れた駅の売店、そこにある古い古い冷凍庫の底にあった冷凍みかん。赤い網袋に四つのかちかちに凍ったみかんが入っている。だが、その一つは特別なものだった。溶けたら地球が終わる。懐かしい冷凍みかんとそれにまつわる子供の頃の空想をストレートに描いた作品。



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