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『タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源』(ピーター・ゴドフリー=スミス、夏目大:翻訳) [読書(サイエンス)]

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 頭足類は、無脊椎動物の海に浮かぶ孤島のような存在である。他に彼らのような複雑な内面を持つ無脊椎の生物は見当たらない。人類と頭足類の共通の祖先は遠い遠い昔の単純な生物だったから、頭足類は大きな脳も複雑な行動も、私たちとはまったく違った実験を経て進化させてきたことになる。頭足類を見ていると、「心がある」と感じられる。心が通じ合ったように思えることもある。それは何も、私たちが歴史を共有しているからではない。進化的には互いにまったく遠い存在である私たちがそうなれるのは、進化が、まったく違う経路で心を少なくとも二度、つくったからだ。頭足類と出会うことはおそらく私たちにとって、地球外の知的生命体に出会うのに最も近い体験だろう。
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単行本p.9


 研究者をひとりひとり識別し、嫌いな人間には水を吹きつけ、実験器具で遊び、ときにわざと壊して邪魔をする。純粋な好奇心で人間に接触したり、カラフルな表皮色彩言語で情報発信したりする。
 タコやイカなどの頭足類は私たち人間とはまったく無関係に進化した「知能」や「心」を持っている。進化の道筋も脳構造もまったく異質な生物が、なぜ私たちと似た能力を獲得し、「気持ちが通じ合う」体験すら共有できるのか。タコの意識に関する考察を通して、神経系から心や意識が生ずる秘密に迫る異色のサイエンス本。単行本(みすず書房)出版は2018年11月、Kindle版配信は2018年12月です。


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 人間にとってタコ、イカなどの頭足類は、独立して進化を遂げたにもかかわらず、同じようなmindを持った非常に不思議な生物だ。この点だけを見れば、ほとんど「異星人」と同じということになる。(中略)本書を読んでいると、私たち人間という存在、そして人間の持つ心や知性を「相対化」できる。私たちとはまったく別の進化を遂げ、まったく異質なmindを持つ生物について知ると、生物には、またmindには自分たちとは別の可能性があり得るのだとよくわかる。そして相対化することで、自分のことがより深く理解できる。また、本書を読むと、私たちが海という広大な世界についてあまりにも無知だということも痛感させられる。宇宙を探検しなくても、異星人に遭遇しなくても私たちの身近にはたくさんの驚異がある。
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単行本p.252、254


[目次]

1. 違う道筋で進化した「心」との出会い
2. 動物の歴史
3. いたずらと創意工夫
4. ホワイトノイズから意識へ
5. 色をつくる
6. ヒトの心と他の動物の心
7. 圧縮された経験
8. オクトポリス


1. 違う道筋で進化した「心」との出会い
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 私はどの生物についても、その主観的経験がどう進化したかに関心を持っている。しかし、本書で何より注目するのは頭足類だ。私が注目するのは、頭足類という生物に驚くべき特徴があると考えるからである。もし彼らに話ができたら、きっと私たちに多くのことを話してくれるだろう。ただ、理由はそれだけではない。私が頭足類のことを書きたいのは、私の哲学的探求に彼らが大きな影響を与えてきたからだ。(中略)哲学には他者の持つ「自我」について考える「他我問題」というのがあるが、タコはこの他我問題の格好の題材と言える。これ以上の題材はないかもしれない。
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単行本p.11


 人類とはまったく異質な進化の道筋と脳構造から生ずる「知性」と「心」を持った頭足類を研究することにより、主観的体験や自意識がどのように進化してきたのか、そのような能力はどのようにして生み出されているのか、などの問題に光を当てることが出来る。本書全体のテーマを示します。


2. 動物の歴史
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 エディアカラ紀にも、何種類もの動物が同じ環境の中で共存していたことは間違いない。だが、動物たちが周囲の他の動物たちと深く関わることはなかった。カンブリア紀には、どの動物も、他の動物にとって環境の重要な一部となる。動物どうしの関わり合い、そして、それに伴う進化、いずれも、結局は動物の行動と、行動に使われる装置の問題ということになる。この時点以降、「心」は他の動物の心との関わり合いの中で進化したのだ。
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単行本p.42


 心や知性の進化的起源はどこにあるのか。エディアカラ紀からカンブリア紀にかけての生物進化の歴史を概説します。


3. いたずらと創意工夫
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 タコに何ができるのかを見ようとすると、すぐに難題に突き当たることになる。まず問題なのは、学習や知性に関して実験室内で行われた多数の研究の結果と、タコの行動に関して知られる数々の逸話の間に矛盾が見られるということだ。偶然、タコがこのようなことをするのを見た、というような逸話が数多くあるのだ。もちろん、これは動物心理学の世界ではよくある話である。ただ、タコの場合、その矛盾があまりにも大きいということだ。
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単行本p.61


 人間ひとりひとりの顔を識別し、嫌いな人間には水を吹きつけるなど嫌がらせをする。実験室内の電球を消す。飼育担当者の顔をじっと見つめながら、気に入らない餌をこれ見よがしに捨ててみせる。水流を利用した遊びを発明する。数々の逸話を持つタコの知能は、実際のところどのくらい高いのかについて解説します。


4. ホワイトノイズから意識へ
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 私たち人間のように複雑な脳を持った動物以外、主観的経験など持ち得ないのではないか。そう考える人は多いだろう。「その動物になったらどんな気分か」という問いは、そういう動物にだけ関係があるということだ。複雑な脳を持った動物は人間以外にもいる。しかし、哺乳類と鳥類だけで、それ以外にはいないだろう。これは、主観的経験を持ち得るのは「新参者」のみという考え方である。(中略)だが私は、「新参者」説の見方に異議を唱えることは十分に可能だし、別の観点から考察する価値は絶対にあると思っている。
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単行本p.112、113


 主観的経験を持っているのは、哺乳類や鳥類など「私たち人類と進化的に近い」種だけなのか。タコと人間を比較しながら、主観的経験や意識がどのようにして生ずるのかを考察します。


5. 色をつくる
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 頭足類は、歴史的に擬態の必要があったためか、非常に高い表現力を持つ。そしてテレビの画面のような機能を持つ皮膚は、脳に直結されている。その機能により、コウイカをはじめとする頭足類は、多数の信号を発する。生きている間は絶えず信号を発し続ける。この信号の少なくとも一部は、他者に見られるために進化したのだと考えられる。時には擬態のために、また時には敵や交尾の相手に見られるために。頭足類はそれ以外にも、皮膚という「スクリーン」を使って絶えず何かを話し、つぶやき、また偶然何かを表現しているように見える。
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単行本p.162


 イカの表皮は、テレビスクリーンのように鮮やかな色彩信号を発し続けている。たとえ周囲に他者がいなくても。頭足類のディスプレイが持つ意味について考えます。


6. ヒトの心と他の動物の心
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 外界の状況を感知し、外に向かって信号を発する能力が内面化して、ついには神経系を生んだ。それを進化史上の重要な内面化の一つとすれば、思考のための道具として言語が使われたのはまたもう一つの重要な内面化だった。どちらの場合も、自分以外の生物とのコミュニケーションの手段だったものが、自分の内部でのコミュニケーションの手段に変化したことになる。この二つは、どちらもここまでの認知機能の進化の歴史の中でも画期的な事件だった。
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単行本p.186


 神経系の発達、そして言語を使った思考。主観的経験や意識につながる進化はどのようにして起きたのか、その経緯について考察します。


7. 圧縮された経験
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 彼らに与えられた時間はあまりにも短い。この寿命の短さを知ってから、頭足類の大きな脳は私にとってさらに大きな謎となった。生きるのがわずか一年、二年なのに、これほど大きな神経系を持つ必要がどこにあるのだろうか。知性のための機構を持つコストは高い。それをつくるコストも、機能させるコストも非常に高くなる。大きい脳があれば学習ができるが、学習の有用性は、その動物の寿命が長いほど高くなる。寿命が短ければ、せっかく世界について学んでも、その知識を活かす十分な時間がない。ではなぜ、学習のために投資をするのか。
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単行本p.193


 大きな脳、発達した神経系を持っているにも関わらず、わずか数年で死んでしまう頭足類。なぜ彼らの寿命はこれほど短いのか。逆になぜ頭足類の学習能力は、それを活かすための時間がなさそうなのに、これほど高いのか。寿命をもたらす進化的な淘汰圧について考察します。


8. オクトポリス
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 タコが集まっている場所があるという話は以前から時々、耳にすることがあった。しかし、何年にもわたって、いつ訪れてもタコに会うことができ、タコどうしの交流もよく見られる、という場所はオクトポリスがはじめてだった。(中略)オクトポリスの生物の密度は、そのすぐ外の場所に比べて異常に高い。タコたちは、貝殻を集めるという行動により、自分たちの手で「人工的な」岩礁をつくったと言える。そして、この自らつくり上げた環境のおかげで、数多くのタコが一箇所に集中し、絶えず互いに交流しながら生きるという、通常よりも「社交的」な生活を送り始めたらしい。
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単行本p.216


 タコは単独行動する種だが、オーストラリアの東にある通称「オクトポリス」は例外だ。そこには多種多様なタコが集まり、互いに交流し、「社交生活」を送っているらしい。フィールドワークを通じて、タコには社会性がどれほど備わっているかという問題を探求します。



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