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『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(武田砂鉄) [読書(教養)]

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紋切型の言葉が連呼され、物事がたちまち処理され、消費されていく。そんな言葉が溢れる背景には各々の紋切型の思考があり、その眼前には紋切型の社会がある。
(中略)
決まりきった言葉が、風邪薬の箱に明記されている効能・効果のように、あちこちで使われすぎている。どこまでも自由であるべき言葉を紋切型で拘束する害毒を穿り出してみたかった。言葉は人の動きや思考を仕切り直すために存在するべきで、信頼よりも打破のために使われるべきだと思う。
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Kindle版No.47、3349


 紋切型の言葉、思考、そして社会。決まりきった定型表現の空虚さをあげつらいつつ、その背後にある社会病理をえぐり出してゆき、言葉の復活を祈る。「口から出る8割が皮肉、残り2割が諦め」(Kindle版No.976)。著者、初の単行本。単行本(朝日出版社)出版は2015年4月、Kindle版配信は2015年8月です。

 「育ててくれてありがとう」
 「ニッポンには夢の力が必要だ」
 「若い人は本当の貧しさを知らない」
 「全米が泣いた」
 「国益を損なうことになる」
 「“泣ける”と話題の」
 「誤解を恐れずに言えば」

 あちこちで使われている決まりきった定型表現、紋切型の言葉を取り上げて批判する本です。


「ニッポンには夢の力が必要だ」より
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 うまいこと招致が成功してしまった2020年東京オリンピック・パラリンピックのスローガンは「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ。」だった。プロテインの代わりに、いや、おそらく併用で「夢」を飲み続けてはこのニッポンでサヴァイブを繰り返すEXILE的なセンスに満ちた、上滑りなスローガン。
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Kindle版No.345


 辛辣な皮肉や厭味が楽しいのですが、ただ言葉をあげつらうだけではなく、そのような(愚劣で空虚でみっともない)言葉がなぜ好まれるのか、その背後にある社会問題は何かを、真面目に読み解いてゆきます。


「育ててくれてありがとう」より
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役割分担の押しつけが堂々と闊歩している理由を訪ね歩くと、「オフィシャルな時に外向けに使う家族観」に行き着く。ゼクシィが「育ててくれてありがとう」をサンプルとして提示し、一生に一回(の予定)だというのに、コピペの手紙で涙を流すように働きかけてくることは、結果的に家族観を貧相に、そして一元的にする。
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Kindle版No.312


「そうは言っても男は」より
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 女はいくつもの「余計なお世話」を浴び、男は「そうは言っても男は」で保護される。(中略)旧来から流れる女性の役割を従順に担ってもらうことが少子化に歯止めをかける、と妄信している人たち。なぜそんな愚策を信じさせようとするのか。信じなければ男がいよいよ動かなくてはならなくなるから、「この道しかない」のである。
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Kindle版No.2661


 こうして、様々な社会問題を「そこから出てくる紋切型の言葉」をキーとして論じてゆきます。


「若い人は、本当の貧しさを知らない」
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 歴史が旧世代の安堵のためばかりに使われている。でも歴史は現在を見るために使われるべきなのだ。「若い人は、本当の貧しさを知らない」は、その現在から猛ダッシュで逃げている。結果として、歴史を知ることからも逃げている。
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Kindle版No.798


「全米が泣いた」より
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 未だに全米が泣いていて、文庫化が待望され続けているのは、ただ単に、絶賛・批判の天秤が絶賛に寄りまくっているくせに「釣り合っている」と言い張ってくるからにすぎない。ちっとも釣り合ってなんかいない。他人様の悪口をみんなではね除けることを絶賛のガソリンにしているくせに、これが「絶賛と批判のベストミックス」状態だと言い張る。
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Kindle版No.911


「国益を損なうことになる」より
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いつの間にか、国益という主語を平気で個人や組織が使うようになった。ヘリコプターのホバリングのように、この言葉を使えば、公平中立を保ちながら概観することができるという妄信と過信。強い言葉は自分の身動きを担保してくれる気がする。でも、気がするだけだ。
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Kindle版No.1355


「会うといい人だよ」より
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微動だにしない日常、パッとしない日々を、外的要因から探し当てようとはせずに、とにかく「それでも信じてみる」ことで興そうとする。そこから得られる結論は決まっている。今、僕らが暮らしている日々こそが僕らを肯定してくれるのであって、かけがえのないものはすでに目の前にあるもの、そう気付いたのさ、というオチ。
 昨今叫ばれるブラック企業をはじめとした労働の搾取はこういったスタンスを好物としているが、当人はそんな安っぽいシステムに気付くはずもなく、反知性主義を飛び越えた無知性至上主義の中であくせく暮らしてしまい、置かれた場所で素直に枯れまくってしまう。
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Kindle版No.1563


「誰がハッピーになるのですか?」より
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批評性が比較的強い原稿を出した際に、「面白いんですが、この原稿を読んで、誰がハッピーになるのですか?」と問われたことがある。(中略)
人が受け付けやすい「善」を投じることだけが文章の効能だと信じて止まない人に出会うとなかなかどうして、話しかける言葉を失ってしまう。(中略)
「読んだら誰かがハッピーになる」を前提にしてしまうと、ビリの女子高生の偏差値が上がった話しか受け取ることができなくなる。批評は、ジャーナリズムは、懸命にそこから逃れなければいけない。
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Kindle版No.2971、2975、3052


 ただの揶揄や冷笑ではなく、社会問題を指摘して得意気になるわけでもなく、「言葉の復活」を強く願う気持ち、まるで祈るようなその気持ちが、文章のあちらこちらから伝わってきます。


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悔しい。その場で起きていることが、舐められている。紋切型の言葉で片付けられる。未来あるいは今を一新するプランニング、そういう視野の広さばかりがウケる。流れている現在をつかまえるために、ありきたりの言葉を投じて一丁前を気取ることを決して許さなかった人たち。言葉で固まる現代を解きほぐすために鋭利な言葉を執拗に投じ続けた人たち。彼らは決して、“ハッピー”という帰結を目指しはしなかった。だからこそ、その言葉は今なお消費されないし、奮い立たせる言葉として神通力を持つ。人の気分をうまいこと操縦する目的を持った言葉ではなく、その場で起きていることを真摯に突き刺すための言葉の存在は常に現代を照射し続ける。いかに言葉と接するべきか、言葉を投じるべきか、変わらぬ態度を教えてくれる。言葉は今現在を躍動させるためにある。
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Kindle版No.3075


 というわけで、気軽に「こういう陳腐な表現、あるある」ネタとして楽しむことも出来るし、意表をついたところから社会問題に切り込んでゆく評論として受け取るもよし、言葉をめぐる真摯なエッセイとして読んでもよいという一冊です。


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