SSブログ

『透明マントを求めて 天狗の隠れ蓑からメタマテリアルまで』(雨宮智宏) [読書(サイエンス)]

 「クローキング----そう名付けられたこの装置には、ガラス繊維の上に細い銅線で細かな幾何学的な模様が作り込まれている。これらの模様が、メタマテリアル----以前彼らが開発した特殊な磁気特性を持つ人工物質----である」(新書版p.231)

 「メタマテリアルの“メタ”とは“超越”という意味であり、要するに日本語で言えば「超越物質」ということになる。超越といってもピンとこないかもしれないが、誘電率と透磁率を自在に操ることができるという点で、自然界に存在している物質を超越しているのである」(新書版p.206)

 「ペンドリーが考えた手法を用いれば、どのような光学的性質を持った物質であろうと作ることができるのだ。そういう意味では、「負の屈折率を持つ物質を作る」という当初の目標すら遥かに凌駕していた」(新書版p.206)

 光を迂回させることで内部空間を光学的に消してしまうことも可能な超越物質、メタマテリアル。透明マントへの夢が実現されるまでの道のりを追った一般向けサイエンス本。新書版(ディスカヴァー・トゥエンティワン)出版は、2014年6月です。

 透明人間になれる薬、あるいは装着者を光学的に消してしまう衣服。人類の見果てぬ夢が、負の屈折率を持つメタマテリアルによる「クローキング(光学迷彩)」として実現されるまでの歴史を追った本です。

 全体は5つの章から構成されています。

 最初の「第1章 エンターティメントとしての透明マント」では、神話、ファンタジー、SFにおける透明マント、そして映画の特撮技術やステージマジックが「物を見えなくする」ためにどのようなトリックを開発してきたかが紹介されます。

 「第2章 アメリカの挑戦 ステルス機への道」では、レーダーに対して戦闘機を「透明化」する、ステルス技術の開発史が紹介されます。実はステルス技術は「米ソの意図せぬ共同開発だった」というのが面白い。

 「残された問題は、平面と平面が交わる稜線や鋭角など尖った部分の影響だったのだが、これを救ったのが、なんと敵国ソ連の科学者ピョートル・ウフィムツェフが1957年に出した“回折理論による鋭角面の電波の解析”という論文で、(中略)この論文の助けを得てレーダー断面積の解析プログラムが製作され、ステルス機の形状設計のための強力な武器となった」(新書版p.85)

 「アメリカで開発されたステルス機の技術の心臓部はソ連で提案された理論を用いている。互いに本意ではなかったかもしれないが、ステルス機は、アメリカ、ソ連両国の技術の融合とも言うべき代物なのだ」(新書版p.96)

 そして「第3章 ソ連からの提案 共産主義における科学技術」では、ソ連の科学者が考察したクローキングの基礎となる理論が登場します。

 「画期的な1本の論文がソ連国内で発表される。「負の屈折率を持つ物質の特性」と題されたその論文は、将来の透明マント研究の根幹となる部分を論じている。しかし この完成された美しい理論は、世に出るのがあまりに早すぎた。残念ながら、当時の科学技術がその論文を実証できるレベルに達していないがゆえに、全く見向きもされないという不遇の扱いを受けてしまう」(新書版p.111)

 「屈折率が負の場合、状況は全く違う。折れ曲った光は、入射してきた方向へと戻っていることが分かる(中略)透明マントには、この特殊な光の曲り方が絶対に必要となる。そして、これを研究する科学者は総じてこの特殊な光の曲がりを実現する物質を作り上げることに全力を注ぐことになり、ノーベル物理学賞の一歩手前まで迫ることになる」(新書版p.123、131)

 入射してきた方向へと光が屈折する境界面。通常の境界面とそのような特殊な境界面を組み合わせれば、入射してきた光の経路を自由に操れるのではないか。これがクローキングの出発点となります。

 「第4章 曲がった空間 リーマン、アインシュタインの贈り物」では、「曲がった空間における光の進み方」を厳密に解析できる一般相対性理論と、その数学的な基礎であるリーマン幾何学についての解説です。

 なぜリーマンやアインシュタインの理論がここで登場するのでしょうか。詳しくは次の章で解説されるのですが、何と一般相対論こそクローキングを実現するための強力なツールであることが判明したのです。

 「ペンドリーが提案したのは、まさに「ある事象を別の事象に置き換えて考える」ことだった。「曲がった空間における光の進み方」と「屈折率分布を持った物質の中の光の進み方」が、全く同じであることを見出したのである。前者は宇宙物理学、後者は工学の分野で当たり前と思われていた現象だが、それら2つが全く同じだったという衝撃的な事実を突きつけられて、科学界はどよめいた。つまり、空間の曲がり具合(計量)が分かっていれば、光にとってそれと同じ環境になる屈折率分布を簡単な式で求めることが可能だと示されたのである」(新書版p.224)

 これこそが、変換光学。この強力なツールの登場により、まず望む光の進路を設計し、それに必要な屈折率分布を求め、メタマテリアルを使ってそのような屈折率分布を実現する。それが、クローキング技術だということです。

 「リーマン、アインシュタインが残した「曲がった空間」という登山道具を持って、ベセラゴが見つけ出した「負の屈折率」という入り口から山頂を目指す。もちろん山頂には夢の透明マントが待っている。頂上からの眺めは素晴らしいに違いない」(新書版p.185)

 そして最終章「第5章 ついに完成する透明マント」では、いよいよメタマテリアル実現に向けた道のりが解説されます。

 「光にとっては本来1から変化するはずのない透磁率を変化させるような、そんな物質を作り出すことができれば、負の屈折率も夢ではないということになる。しかし、このようなことを物質レベルで行うことはほとんど不可能だ。なぜなら、どのような物質も突き詰めれば原子や分子からできあがっており、それらの磁気分極は、高速で振動する磁場に追従することができないからだ。ベセラゴが負の屈折率の概念を導入してから30年、多くの科学者たちはここで思考を停止させていた。普通の科学者ならここで諦める。しかしペンドリーは違った」(新書版p.200)

 光、つまり電磁波を構成している磁場変動のスピードに追随できる磁気分極を起こせる「物質」。そんな、あり得ない難題への挑戦。

 「ある構造体を考えたときに、そのサイズが光の回折限界以下であれば、光はその構造体の詳細な形を知ることができないということになる。言い換えれば、回折限界以下の構造体は、その光にとっては原子と同じように見なせるということである。「原子自体の磁気分極を操ることは至難だが、構造体の形をうまく設計してずらりと並べれば、対象の光にとって、まるで磁気分極を起こしている原子のように見せることができるのではないか」ペンドリーはそのように考えた」(新書版p.202)

 こうして、光の回折限界よりも小さな共振回路を無数に並べることで、目標とする磁気特性を、ひいては光学特性を実現する。それが「メタマテリアル」の原理です。

 変換光学とメタマテリアル、これで必要な技術は揃いました。入射してきた光が、特定の空間領域を迂回して進むように、屈折率分布を調整する。これがクローキング、光学迷彩です。

 「ついにできあがった世界で最初の透明マントだが、実はこれにはマイクロ波にとっての、二次元での透明マントという但し書きがつく。(中略)その後、2008年に、カリフォルニア大学バークレー校の物理学者シァン・ジャン教授らは、三次元ではたらく初のクローキング装置を実現し、さらにそれに関連した赤外線と可視光線で機能するマントも作られている」(新書版p.231、232)

 「現段階では人間の大きさの物体を可視波長で透明化するのはまだまだ難しいというのが正直なところだが、さらなるブレークスルーが起きたとき、それはもはや夢ではなくなるだろう」(新書版p.233)

 実は、個人的に、クローキングといっても所詮は「隠されている背景を超小型カメラで撮影して、リアルタイムに前面にプロジェクションすることで(正面方向から見たときだけ)消えたように見せかける」といった目くらまし技術を想像していたので、負の屈折率を持つメタマテリアルによって原理的にはどの方向から見ても透明化することが出来る、というのは驚きでした。

 というわけで、軍事や犯罪の性質を大きく変えてしまうかも知れない新しいテクノロジー、メタマテリアルによるクローキング技術の現状を一般向けに紹介してくれる興奮の一冊です。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0