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『隣人のいない部屋』(三角みづ紀) [読書(小説・詩)]

 「知らないことは おろかで幼く/うつくしい/知ることがおそろしいまま/知らない町で/さむいとふくらむから/わたしも膨張して/おきたら丸く丸くなる」
 (『浅い眠り』より)

 旅の途中で書き留められた言葉。三角みづ紀さんによる美しくもおそろしい、紀行文ならぬ紀行詩集。単行本(思潮社)出版は2013年9月です。

 「旅にでて、毎日、詩を書こうとかんがえました」
 (『あとがき』より)

 帯に「28日間の旅が刻む、28の詩と写真」とありますが、旅の途中で撮影されたモノクロ写真と、その場所で書かれたのであろう詩が、交互に掲載されています。

 「みんなそろって事務的な椅子に身をゆだね/すでに最後にむかっている/夏なんて存在しなかったように/さらさらと雪が降る/三月のしまいに/さらさらと雪が降る/永久のなか/さらさらと雪が降る/さらさらと雪をうけとめて/航空灯火が待っている」
 (『離水』より)

 2013年3月24日と記録されている、最初の詩。航空機の窓から見える滑走路の光景。さらさらと雪が降る、というなにげない言葉の繰り返しに、しびれます。

 「みんな黙ってかごを手に/つぎつぎとあつまってくる/言わなくてもわかっている/でも言ったらもっとわかる/長い間、つれそった夫婦のように/言わなくてもわかっている/でも言ったらもっとわかる/世界中にまだ出会わぬ夫が/ちらばっている/会話は減少して/雨音と尾灯/左折したら、教会」
 (『安息日』より)

 この詩もそう。繰り返しが、反復が、胸をつきます。別に技巧的でもなくむしろ凡庸な表現に思えるのに、反復と配置でいきなり新しい言葉になってしまう。詩人にはこういうことが出来るということは知っていますが、いったいどうして出来るのか想像もつきません。

 「ひどくしわがれた声で/もしかしたらいないひとかもしれない/きすをして去っていく/わたしは迷子だ//しぬことも/いきることもできずに/ひたすらに日々がながれて/迷子のまま/あたたかい光のなかに立っている/重い水と砂糖をかかえて/ようやく家に着くころ/千年がすぎている//しぬことも/いきることもできずに/ひたすらに日々がながれて/見覚えのあるドアをあけると/しわがれた声で/おかえりとあなたが/言う//もしかしたらいないひとかもしれない」
 (『ティボリ公園までの道、2』より)

 「昨日、うまれたばかりの/あなたが、今日/また、うまれている。//白い壁にかこまれて/けわしい顔で/うれしそうに/わたしは関与しないまま/あなたが、毎日/うまれている。/おおぜいの視線を/あつめながら/わたしは関与せずに/あなたは、明日/また、うまれている。/わたしは関与しないまま/寒空のつめたい傷の上を/西日をうけながら/歩いた。」
 (『春の嵐』より)

 ごくありふれた言葉、思い切っていうなら散文的な言葉を使って、わずか数行で人生を表現してのける、反復の凄みを感じさせる詩。すげえ。でもちょっと怖い。

 「時間を気にしながら/正しく食事をする/天気の話も/季節の話も/なるべく、したくないのだけれど/息が白い/手をつなぐ」
 (『上質な食卓』より)

 「翌朝、/白と黄色の花を買って/墓の島へ向かう/これ以上うつくしいものを/知ることはないから/悪事をはたらいた」
 (『墓の島へ』より)

 「戦争の痕がのこる町で/いま おこっている/戦争の話をする/わたしたちはごちそうを前に/戦争の話をする//トッドさんはアメリカ人だけど/日本語が とても上手/おまけにきれいな顔立ちをしている/わたしたちは戦争の話をつづけた/わたしたちは国ではなく人だ/わたしたちは戦争の話をつづける」
 (『六月十七日通り』より)

 「誕生日が/苦手だった/油断するから/苦手だと いった/いまは/そうでもないかもしれない」
 (『四月十八日の部屋』より)

 掲載されている写真は、街角や公園や波止場などの風景、教会など古い建物、道路、そしてホテルの部屋や食事など。いかにも旅のアルバムという感じなんですが、詩を読んでから写真を眺めると、そこに自分もいたような偽記憶が甦ってきます。

 ちなみに単行本のカバーを外すと手書きの原稿用紙が印刷されていて、鉛筆書きのその文字を見ていると、ぐっと臨場感が高まります。推敲する前の生原稿らしく、本文に掲載されているのとは微妙に違う表現、生原稿での訂正箇所が本文に掲載されたバージョンでは訂正前の言葉に戻されていたりして、どきどきします。巻末には各作品が書かれた日付と場所が一覧表示されており、細かいところまで気を配って丁寧に作られた詩集です。


タグ:三角みづ紀
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